第4怪『WCとパクチー』

第4怪『WCとパクチー』

人生で初めてパクチーを食したのは、
石黒の経営するBAR『WC?』だった。
(店の名前が『WC?』だったので、よくトイレと間違えて入って来る客もいた。まぁ、軽いジョークなんだろうけど…)

もう30年近く前のことである。

夜遅く1人で行った時に、

「はら減ってねぇか?」

と気を利かせた石黒が
出してくれたのである。

合い挽き肉と細ネギを炒め、
ナンプラーと中華あじで味付けをし、
強力な赤唐辛子を振り撒いた
ダイナマイト辛い一品だったのだ。

それを白メシの上にかぶせ、
その上に数枚のパクチーを乗せ、
南国の島のように仕上げていた。

「チョウ辛いな、コレ!辛いけど美味いや」

「それは良かった。パクチーは大丈夫か?」

そう言われて改めて見ると、
ひき肉を島のように形取った真ん中に
飾りのように緑の葉が乗っていた。

「パクチーっていうのか、三つ葉かと思ったわ」

そう言いながら指で摘み、
一口食って驚いた。
なんとも言えない初味が
舌の上でエキゾチックに漂う感じだったのだ。

「コレはいったいなんなの?」

皿を持ち、食い歩きながら
石黒の居るカウンターまで移動し、
初味の旨辛さにぐるぐるしながら、
(実際に火を吹く辛さだったのだ)
調理方法を伝授してもらった。

「パクチーは人によって好き嫌いがはっきり分かれるからさ、試しにちょっとだけ乗せるようにしているんだよ」

“なるほど、オイラは好き組ってわけなのか”

「コレはいったいどこに行けば手に入るの?」

30年前のそこらのスーパーでは、
どこにもパクチーを見かけなかった。
っていうか、存在認識自体が皆無だったのである。

「新宿、職安通りの韓国広場の向かいにあるタイ食材店に行けば買えるよ」

って聞かされて、
わざわざ車で買いに行ったことがある。

まだ職安通りにドンキホーテがなかった頃だ。

ってゆーか、
世はバブルだったので
ドンキ買いをする風潮がなかった。
誰もがブランド志向で、
風営法改正前の歌舞伎町は
そんな輩で不夜城と化していたのである。

夕暮れから翌朝まで、
まるで交代制のように人々が入り混じり、
増えつつあった中国系の留学生(と称する労働者)が、
歌舞伎町で徐々に幅を利かせてきていた頃である。

韓国はその頃はまだ
民主化運動の真っ只中であったが、
古くから居る台湾人の地主たちと
韓国系住民たちはこの辺の主だった。

日本の好景気をあてに
続々と来日して移り住んでいく
アジア系外国人たちのために、
豊富な食材を仕入れていたのである。

その職安通りのど真ん中、
大久保側のビルの2階にタイ食材店はあった。
中に入ると見たこともないアジアンフードが
わりと乱雑に並んでいた。
その中から目的だったパクチーと
ナンプラーをピックアップして
購入したのを覚えている。
(他にも色々と買いたがったが、何が何やらわからなかったのである)

さて、早速に家でパクチーを使ってみた。

石黒に教わった方法をアレンジして、
生焼きそばをナンプラーと中華あじ、
レモンで味付けして炒め、
唐辛子を入れて食卓に出したのだ。
その横には“ドン!”っと、
山盛りのパクチーが乗っている。
(各自、ご自由に乗せてくださいって感じなのである)

「父さんの料理はついにアジアに飛んだのだよ」

とは言わなかったが、
自信満々の休日の昼食だったのである。

ところが、

「なんか臭いわね」

まずはお袋が不審な言葉を吐いた。

「なんの匂い?!なんか腐ってる?」

中学になる娘が自慢の“クンクン”をした。

「焼きそばだ!焼きそばがヘン!」

「この葉っぱ!カメムシの匂いがするよ」

虫付きの息子が騒ぎ始めた頃には、
僕の心の中のピラミッドが
跡形もなく崩れ去っていく。

結局、近くのスーパーから
日清ソース焼きそばを買ってきて、
いつものサンデーランチを
“新婚さんいらっしゃい”と共にとったのだった。

…………………………………

「パクチー使ってみた?どうだった?」

後日、『WC?』に行った時、
石黒から嬉々とした質問が飛んできた。

「ありゃあ、あれだな、古い日本人と子供には向かないな」

それを聞いた石黒が、
カウンターの中でガラスコップを拭きながら、
楽しげに肩を揺すって笑い始めた。

「そりゃあ、そうだよ!日本の食卓に合うはずないよ」

…………………………………

あれから30年近くが経ち、
パクチーは日本のどこのスーパーにも置かれている。
ナンプラーも然りである。

25年ほど前に中国を散歩していた頃、
北京の路地で山のような
パクチー(香菜)を売っている風景に
出くわしたことがある。

まだ、人民服のような格好をした
中国青年が掲げるパクチーの大きな束は、
人束が10円くらいの値段であった。

戦後の欧米教育のおかげで
僕らはすっかりと欧米気取りになった。

今でも何かと比較するソーシャルデータは、
常に欧米の数字ばかりである。

せっかくアジアの食材が
普通に置かれる国になったのだから、
もっとアジア諸国の社会へも
目を向けるべきだと思うのである。

なんて、パクチーの話から
とんでもない社会話になりました。

柄でもないのでこの辺で。

…………………………………

「なんか、最近のパクチーは味が薄くなった気がしない?」

先日の食卓にでた山盛りパクチーを喰って、
家族に感想を述べてみた。

「それは慣れね。長い間食べているからそんな感じがするのよ」

司令官からは、
相変わらずの厳しいお言葉が跳ねてくる。

「わたし、ちょっと食べてみる」

大学生になる娘2号が珍しくパクチーを口にした。

「どう?」

「思ったよりも平気…でも、やっぱ、もういい」

と、まだまだお子ちゃま口なのである。

いつの間にかに慣れていることもある。
いつの間にかに大丈夫だと過信することもある。
だけど、今は、もう一度だけ
注意しながら進んでいく時なのかも知れない。

25日の金曜に行われる、
高円寺『ShowBoat』でのライブは、
マスクや感染症対策を徹底して行います。

開場時間は夕暮れの17時半から。
(アルコール提供は19時まで)

開演は18時から20時まで、
若手2バンドによるリアルタイムのRockと、
藻の月が奏でる“満月の夜”をお楽しみください。

パクチー好きでなくても大丈夫。
お待ちしております。

(2021/06/23)

●6月25日/金曜満月 高円寺『ShowBoat』
●出演/藻の月/Magical Lizzy Band/すばらしか
●adv2300 door2800
●17:30 open / 18:00 start