第9怪『伊藤耕の誕生日』

第9怪『伊藤耕の誕生日』

台風明けの土曜日、
カラッとした秋晴れの公園は、
人々のはしゃぎ声で溢れていた。

その合間を自転車で走る。

季節変わりの風を感じて
空に目を向けると、
水分が抜けて変色した葉が、
まるで枝にしがみつくように
頭上で揺れているのが映った。

人生の景色に例えたら、
いまの自分はこんな風かしら?

最近はそんな風に考えることが多い。

『死』というものが身近なのだ。

コロナ禍ということもあるが、
大切な人が何人も逝っている。
だからこそ、
日常に流れる妙な緊張感の中で、
現実を意識してしまうのかも知れない。

電車に乗り、
流れゆく景色を眺めながら
コウ(伊藤耕)の無念さを想ってみた。

もう4年も前になるだろうか、
まもなく出所するというコウが、
高揚感の中で体調を崩し、
いいかげんな医療と見立てで
見殺しにされた人生最後のシーンは、
あまりにも不条理で無念である。

車窓に流れる民家を眺めながら、
将来に対しての感情が
漠然としていた学生時代を思い出していた。

空想や妄想の中で生きていたあの頃は、
目前に流れる一つひとつの家に
それぞれの家庭があること自体が信じがたかった。

というより、
自分自身がその中の一つに
なるという自信がなかったし、
なりたくもなかった気がする。

とにかく、自由でいたかったのである。
何の責任も持ちたくなかったし、
本当にやりたいことが見つかるまで
どこまでも浮遊していたかったのだ。

初めてコウの歌を聴いたとき、
“まさに俺の歌だ!” と、思った。
彼が叫ぶ言葉は、
ストレートに心に響き、
一緒になって飛び跳ねる気分だったのである。

フールズの歌を聴くと、
その日を楽しく生きることが、
どんなに大切なことか、
思い起こさせてくれたのである。

そんな、
フールズのマネージメントを
始めたばかりの頃、
いきなり好条件の仕事が舞い込んだ。

なんでも、
フールズ好きの若いバンドが、
「是非とも!」と
ゲスト出演を依頼してきたのである。

“こりゃあ、幸先がいいぞ!”

名も知らぬ若手のバンドだったが、
会場が“ライブイン”だったのと、
当時のフールズとしては
破格のギャランティーだったので、
即座に承諾することにした。

リハの時に、
コウと一緒にそのバンドを
観たときのことを印象深く覚えている。

ロックなのかパンクなのか解らないが、
ステージの上で飛び跳ねる
そのバンドのヴォーカリストのテンションの高さに、

「なんか、すげぇな!」

さすがのコウも目を丸くしていた。

ステージ前に
そのハイテンション・ヴォーカリストが挨拶をしにきた。

「やっと、憧れのフールズを呼ぶことができました」

「なに言ってんだよ!俺たちなんか、いつだって呼べるぜ」

そう言って照れるコウに握手を迫ったのは、
ブルーハーツの甲本ヒロトだった。

まさに爆発前夜だったのだろう。
その後、あっという間に彼らは有名になり、
フールズは相変わらず
その日々を楽しんでたってわけだ。

……………………………………

早稲田にある『ZONE-B』に着く。

中に入ると、
DJデビューしたばかりの高橋(慎一)センセイと、
マスコさん(コウの相方)が、
出来上がったばかりのTシャツを前に、

「いくらで販売しよう?」

と考え込んでいるところだった。

原価を聞いたら、
結構いい値段である。

「ちょっと高めでいいんじゃない!?」

素材も良いし、
プリントデザインが何箇所にもしてあるのだ。

売り上げはコウの裁判費用に当てる。
皆さん、よろしければ購入してくださいませ。

間もなく数年振りに再会する旧友、
福田もやって来て、
あっという間に30数年前の昔話になった。

当時の僕らの話はヤバい内容ばかりなので、
その場で消えていくのがお似合いなのだが、
この日はあえてソレで良いんじゃない、
ってことになった。

怪しい森の奥にあった住処(すみか)で、
毎夜のように繰り広げられた
フリーダム・パーティーでのハナシである。

登場するのは、
甘い蜜欲しさに彷徨っていた森の動物たち。

あったかい音楽と、冷たい映像と、
心が和む煙の中で、
たくさんの楽しい時間を過ごし、
溢れるほどの作業をしたのに、
全てが泡となって
蒸発してしまった頃の物語なのである。

トークタイムはあっという間に過ぎた。
来てくれた客がまたディープで、
当時に関する事情通なので、
時間の共有がスムーズだったのかも知れない。

10分ほどのドリンク・ブレイクの後、
会場にフールズの映像が流れた。

それはちょうど、
僕がマネージメントをしてた頃のシーンだった。

あの頃の僕らは20代の後半だった。
いつまでも遊んではいられないって、
内や外からのプレッシャーがかかる年頃であった。
思い描いていた自由や
持ちたくなかった責任感は、
とっくに御破産になっていて、
足し算していたソロバンの珠が
バラバラに崩れていく時期だったのである。

“いったい、俺は何をしてるんだろう?”

そんなタイミングで、
フールズに関わっていた。

「何を考え込んでんだよ、トシ。たったいまを楽しもうぜ!」

隣りにいたコウが、
笑いながらデカい声を張り上げた。

深夜の新宿の街を走るように移動して、
『69』で踊りまくり、
高円寺から阿佐ヶ谷までの店を、
しらみ潰しに顔を出しながら梯子して行く。

全くコウの歌には嘘がない。
わけなんかないし、
実にフリーダムなのである。

……………………………………

10月2日は伊藤耕の誕生日だった。

生きていたら66歳の自由人である。

こんなこと言っても仕方がないが、
もっとコウの歌を聴きたかったと想う。

世間とは波長の違う人生の中で、
裏返しの道を走るように進み、
期待されれば一笑に付し、
非現実の今を駆け抜けた
一生だったように想う。

“なに勝手なこと言ってんだよ、そんなんじゃねぇよ”

そう叫びながら、
ステージから飛び出すコウを想像した。

♪自由が最高! 自由が最高なのさ!♪

Happy Birthday to you ! 

何があっても楽しくありたいと想うのである。

『THE FOOLS 地球の上で』

(2021/10/5)

伊藤耕追悼企画
Keep 0nRock and Dance!
10月16日土曜 早稲田 ZONE-B
●出演 ●ブルースビンボーズ ●HALLCIONZ(鳥井賀句)●藻の月
OPEN/16:00 START/17:00 2000yen