第50怪 お盆終わりの日曜/忘れられない夏

第50怪 お盆終わりの日曜/忘れられない夏

あたまの中で蝉の声がする。
目まいがするような
めくるめく夏の景色に
忘れられない想いたちが、
ぷかぷかと浮いているようだ。

僕にとって若い頃の夏の楽しみ方は
ゆらゆらと揺れている
蜃気楼のような景色を眺めることだった。

暑い暑いと言いながら華やぐ街で遊び、
海や森に避難して
浮世の垢を捨て去ることだった気がする。

まだ子供たちが小さい頃、
伊豆多賀の海水浴場に毎夏のように行った。
南箱根に小さな別荘を持っていたので、
山を降りるとその海岸に行き着くのだ。

そのときの僕は広告会社を辞め、
冨士夫が率いる『タンブリングス』の
マネージャーになったものの、
右も左もわからずに右往左往しているところに、
鮎川誠さんから声をかけられ、
冨士夫が『シーナ&ロケッツ』に
ゲスト参加している時だった。

初めて関わるメジャーの
音楽業界は面白かった。
簡単にいえば
ノリが広告会社とよく似ていたのだ。

しかし、この年の僕はほとんど無収入であった。
冨士夫のギャラはコチラまで回ってはこない。

それまでは、本職のデザインをやって
食い繋いでいたのだが、
『シーナ&ロケッツ』に関わった途端に、
自分の仕事をする時間が
なくなってしまったのである。

今思えば、
どうやって経済を成立させていたのか、
思い出せないのだが、
きっとデザインを拾っていたのだろう。

今と違って日本経済は好景気であった。
なんとかなる世に中だったのだ。

それでも、
ストレスが溜まると無責任になって、
いや、最強なる無責任人間になって現実逃避をした。

先ほどの伊豆多賀の海水浴場に行って、
子供たちと戯れながら
ぷかぷかと海辺の波間に浮かぶのであった。

すると、

「かんけいねーや」

と、いろいろな諸問題が
遥か沖のほうまで流れて行く気がする。

“さようなら〜、オイラがいま抱えている問題たち‥‥”

そう呟きながらぷかぷかと
空を眺めて浮かんでいると、
輝く日差しと共に
青い空と白い雲が浮かんで見える。

耳に聞こえてくるのは
チャプチャプとした水の音だけで、
面倒なる世間の雑音は一切聞こえてこない。

“こういう世界が本当なんじゃねぇのか?”

なんて訳のわからない逃避癖を
いつものように正当化していると、
いつの間にか沖に流されていたらしく、
浜辺が遥か遠くに映った。

“やばいぞ!”

と、夏の海難事故を思い浮かべると同時に、
白い波しぶきを上げたジェットスキーが
海岸の方から迫ってきた。

「大丈夫ですか?これを付けてください」

言われたまま、
ジェットスキーの後部座席に乗せられ
ライフジャケットを身に付ける。

ライフセーバーの背中に蝉のように貼り付き、
海岸まで戻って行く景色の中で、
海辺に一列になって心配そうな顔をしている
家族の姿がフォーカスされた。

いや、正確には顔までは見えていない。
ゆえに、もしかすると怒っていたのかも知れないのだ。

“どのような言い訳をしたら良いのだろう‥‥”

世間のしがらみから逃げていたら、
うっかりとこの世からもオサラバするところだったよ。
とでも言って、
カンラカンラと笑ってしまおうか?

いや、そんな豪快?なキャラではない。
自分で言うのもなんだが、
どっちかというとヤドカリのように、
ススっと動きながら誤魔化すタイプだ。

さて、その後、実際にどうなったのであろう?
残念ながらそこら辺の記憶は
都合よく思い出の履歴から消去されている。

僕は嫌な記憶を消し去る
特殊能力の持ち主であることは確かだが、
まぁ、どうってこともなかったのだろう。

覚えているのはライフセーバーから
海を指差して説明と諸注意を受けたこと。
彼が指差す海岸の一部が
“離岸流”になっていたのだ。

「あなたはあの海流に持っていかれたのです」

“離岸流”とは、
岸から沖に向かって流れる海水のことで、
毎秒2mに達するという。
毎秒2mというと、
オリンピックの自由型金メダルの速さとほぼ同じだという。

つまり僕は仰向けに空を眺めながら、
オリンピックの自由型金メダルの速さで
沖に向かって流されたのである。

我が逃避行はそれほどまでに速かったのだ。

その日の夕暮れ時だったと思う。
別荘に帰り一休みしていると、
滅多にかかってこない電話が鳴った。
(当時はまだ携帯電話はない)

「何してるんだよ、トシ!スタジオで録音するんじゃなかったのか?!」

呆れ声の冨士夫だった。
そういえばそんな約束をした気がする。

「わかった、すぐ帰るよ」

日程は決めてはいなかったが、
ダラダラと夏の蜃気楼を眺めているうちに
いつの間にか逃避行をしていたようだ。

まるで“離岸流”に乗るように東京に戻り、
プライベートな高円寺のスタジオに集まり、
ジニー紫とチコ・ヒゲの力を借りて録ったのが、
『山口冨士夫/プライベート・カセット』である。

サミー前田が手伝ってくれて、
伊藤耕がスタジオの階段で
聴き耳を立てていた姿を思い出す。

錆びた扉 from『PRIVATE CASSETTE(2014 リマスター)』山口冨士夫

…………………………………………

思い起こせば、これまで、
どれだけの夏を過ごしてきたのだろう。

色々な想いがゆらゆらと空の向こうで揺れている。

この夏、『藻の月』の録音も続いている。

昨冬に始めた音録りは、
森の中にある家に住む
Renのプライベート・スタジオで始めたのだが、
その家は今、Kanonが引き継ぎ、
ゆっくりとしたペースで
プライベートな録音が進んでいる。

いつ出来上がるのか、
波にでもぷかぷかと浮かんでいる気分で、
空を眺めながらゆっくりと待ちたいと思うのだ。

頭の中の蝉の声が、
心を揺さぶるような鈴虫にかわる頃、
僕らの忘れられない夏が
また一つ刻まれるのだから‥‥。

(2024/08/18)

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