第8怪『秋のウロコ雲 “大人のラジオ” 』

第8怪『秋のウロコ雲  “大人のラジオ” 』

9月に入ったら突然に秋めいてきた。

今みたいな季節の変わり目は、
朝晩がやけに涼しくなり、
寝ぞうのわるい人間は
風邪気味になるというパターンが多い。

つまり、オイラである。

朝起きると喉がかすかに痛かった。
隠したいほどではないが咳もでる。

そんな起き抜けのゾンビを見て、
家族がざわついた。

「あん!? まさか……」

「違うから!寝冷えだよ、寝冷え」

そう思うのだ。
なんの心当たりもないのだから。

熱はなかった。
しばらくすると咳も収まってきた。
のど飴をなめたら良い気分なので、
大丈夫なのだと思う、ことにした。

しかし、困った世の中である。
ウッカリと具合も悪くなれやしない。
人混みを見るとたじろぐし、
居酒屋での酩酊場面など想像もできないのだ。

ましてや、
密閉された地下のライブハウスなど、
ある程度、
運を天にまかせるしかないのである。

いやいや、そんな事ではいけない。
安全にしっかりとした感染対策をとらねば。
という事で、
8〜9月の『藻の月ライブ』は
中止にさせていただきました。

真夏の満月も、中秋の名月も、
眺めることは叶わなかったというわけです。

関係者の方々や、
いつも応援していただく皆さん、
ほんとうにごめんなさい。

仕切り直しますのでお待ちくださいませ。

……………………………………

さて、午後になると晴れたので、
散歩がてら買い物に行くことにした。

公園を歩いていると、
過ぎ去って行く夏の日差しと、 
訪れる秋の風色が交差して、
まるでページをめくるように
季節の変わり目を感じることができる。

イヤホンで音楽を流しながら
ゆらりと池の淵を流し歩く。
スマホをRADIKOへと切り替え、
楽しんでいると、
駅前まで来たところで
軽快なロバート・ハリスのDJが聴こえてきた。

『インターFM/大人のラジオ』である。

このプレミアム世代と称する
団塊世代をターゲットにした番組が今は実に面白い。

僕にとっては日々の癒しでもあるのだ。

当時の時代の変わり目を実体験で語れる
唯一の世代がプレミアム世代である。

あの頃、年代という垣根越しに覗き見た
憧れのカウンター・カルチャーの風景は、
僕らが二十歳になる頃には呆気なく変色していた。

代わりにオイルショックが起き、
僕らは三無主義(無気力、無関心、無責任)
時代の成人と揶揄されたのであった。

……………………………………

さて、
様変わりしてしまった東京の田舎町
″石神井公園駅″のロータリーに立ち、
時代が華やかなりし頃(´70年の初め)の
風景を思い出してみよう。

あの頃はどこの駅も木造で、
ホームから改札口へと降りてくると、
まずは駅の伝言板(黒板)を
確かめることが多かった。

悪友たちが駅前の喫茶店で
待っていたりすると、
“●●●喫茶で待ってるよ”
なんて伝言が書いある。

スマホ世代には信じられないエピソードだが、
当時は情報そのものも風まかせで、
今よりも時間の感覚が長かった気がする。

学校の帰り道、
何もすることがないと
伝言板の横で誰かが現れるのを
待っていたりもした。

日暮れ時になると、
たまに“壇ふみ(女優・他)”が
女学生姿で改札を抜けてきたりする。
駅向こうに住んでいるのだ。
綺麗な彼女を見ると
何か良いことがあるような
気がしたのを覚えている。

“今日は会えそうな気がするな”

そんなある日の暇な夕暮れ、
改札の向こうに憧れの
彼女を思い浮かべていると、
あろうことか、
当時付き合っていた彼女が
改札を抜けて来た。

「ちょっとぉ!こんなとこで待ってないでよ!」

勘違いした彼女がいきなり怒る。

“あっ、いや…”

まさか、“壇ふみを待っていたんだ”
とも言えずにモジモジとしていた
情けない自分を思い出したので、
思い出の駅を後にすることにしよう。

……………………………………

ボート池に向かうゆるい坂道を行く。

RADIKOに流れる『大人のラジオ』は
エンディングに向かっていた。

そう言えば、
9月の最初の『大人のラジオ』のパーソナリティが、
知り合いの高橋慎一センセイだったのにはびっくりした。

ロバートハリスが夏休みをとるため、
高橋センセイがピンチヒッターを務めたのだ。

彼もなかなかの癒し声であった。
これはこれで実に楽しい1週間だったのである。

ところで、
『大人のラジオ』の一番の聴きどころは、
ロバート・ハリスが自身の実体験を語る
“セルフ・ポートレート”
というコーナーだと思っている。

垣根越しに見ていた世代の思い出話は、
三無世代の人間にとっては
かけがえのない面白話なのである。

ゆえに、高橋センセイは
“セルフ・ポートレート”で何を語るのか?
と、ワクワクしながら
毎日楽しみにしていたのだ。

すると、彼が担当する最終日、
家族と共に訪れた沖縄のエピソードと共に、
“伊藤耕”率いる“ブルース・ビンボーズ”の
『太陽のまばたき』を流したのである。

これには感極まった。

耕の歌が日々のルーティンに流れたのである。

あっという間に時間が巻き戻され、
毎日を夢中に生きていた
楽しくもいい加減な日々を思い出した。

どこまでが仕事で、
どこからが遊びなのか、
そんなことはお構いなしだったあの頃、

友達の家にたむろってはぶっトび、
フールズのライブを撮って、
とっ散らかった頭と一緒に
自分ごと編集したりしていたのだ。

そんな映像がごまんとある。
そんな音源が捨てるほどあった。
はずなのに、
気がついたら何にも無くなっている。

時間とはそーゆーものなのかもしれない。

人生は『太陽のまばたき』そのものなのだろう。

ちょうど今頃の季節だった。
秋になったので、
耕が着古したアロハシャツをくれると言う。

それで、その頃、
みんなでたむろっていた
友達の家で待ち合わせをした。

荻窪にあったその家に行くと、
耕は10着以上のアロハシャツを持って来ていて、

「コレ、全部やるよ」と言う。

こっちは、“せっかくくれるんだから”って、
半ば付き合いで行った格好だったので、
その枚数の多さに驚いたのだ。

「そんなにたくさん?それじゃ、悪いな、安く買おうか?」

「そぉか!?じゃ、1着500円でいいワ!」

と言われたところで
“しまった!”と思った。

奴の術中にハマったのである。

そこで、2人して大笑いしたのを覚えている。

軽くトんでいたこともあって、
秋風がやけに気持ちよく身体に触れていた。

「あたまがじんじんしねぇか」

空に浮かぶウロコ雲を眺めながら
いつもより低い声で耕が訊いてきた。

「ああ、じんじんする」

僕らは、ずっと、何時間も、
その場で空を眺めていた気がする。

あの時は気がつかなかったけど、
僕らの楽しい時間は
あっという間だったのだと思う。

それを歌った耕は、
やっぱ、僕らのヒーローだったってわけだ。

ところで、
例のアロハシャツは、
今でも何着か残っている。

どれも小さくて、着れなかったのだから…。

(2021/09/13)

PS/

時代と闘い続けた伊藤耕の
映像とトークショーがあります。
高橋慎一センセイの映像と、
荻窪に住んでいた悪友・他が
伊藤耕を語り尽くすトークライヴ。

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10月2日(土)早稲田 ZOON-B
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