第11怪『プライベート・カセットからRenのスタジオ作りまで』

第11怪『プライベート・カセットからRenのスタジオ作りまで』

高校生になりたてのころ、
音楽好きだった僕は
ティアックのオープンデッキを持っていた。
自慢の4チャンネルである。

最初のころはひとりで
多重録音をして遊んでいたのだが、
すぐにネタがつきてしまい、 
宝の持ち腐れになってしまった。

終いには試験前の睡眠学習を思い立ち、
多重録音で教科書を
朗読したりしたのだが、
気が狂いそうになったのでやめてしまった。
4人の自分が歴史をハモっても
頭に入りゃしないのである。
(ばかだね、ほんと)

それ以来ティアックさんは、
部屋の隅に飾られることとなった。

ところが約10年後、
ホコリを被ったまま
ベンチを温めていたティアックに、
奇跡のような声がかかった。

山口冨士夫のソロアルバムに
出場の機会を得たのである。
(『プライベート カセット』)

早速に高円寺にあった
倉庫のようなフィールドに運ばれ、
新宿の楽器屋から
コンパクトなミキサーを
ローンであてがわれた。

監督は困った時頼みのチコヒゲだ。
腕組みをしながらイメージを
音源化していくスペシャリストである。

そこに、
何でもテクニシャンのコッペ、
いや、ジニー紫がエンジニアとして
加わることにより、
より録音がスムーズになった。

「うーん、絵が浮かばないなぁ‥‥」

冨士夫が放つ音に対して
腕組みをしながらNGを出すチコヒゲ監督。

「それならブーブー紙を買って来てくれ!」

ブーブー紙(パラフィン紙)が通じる時代も
まさに昭和なのだが、
それを売っている文房具屋が
どの街にもある気安さが、
このアナログ録音の巧みだったのかも知れない。

サミー前田選手が小刻みに動く。
ブーブー紙をマイクの前に器用に張り、
紙の振動で震わせた音声で
『錆びた扉』のサビ部分を録った。

こんなアナログがまかり通るのか!?

時代はまさにデジタル登場のタイミング。
まだまだレコードとカセットが
主流だったとはいえ、
エアコンもない倉庫スタジオで録られた空気感は、
何にも代え難い音に仕上がったのだった。

…………………………………………

数年後、
東芝EMIのきらびやかなスタジオを目にした時は、
機材の進歩に合わせて
音楽自体が変化していくのだと感じた。

どデカいミキサーに
途方もないチャンネル数、
そこに無数のツマミがならんでいる。
まるで宇宙船に備えられた
ハイテク機材のように思えた。

スタジオ使用料は1時間5万円。
当たり前の話だが
1日10時間も使えば50万円になる。

スタジオに入ってから曲を煮詰めたり、
ロビーで談笑していても
料金メーターが加算していくような気がした。

「20日で仕上げても1000万円か」

メンバーのため息が聞こえるようである。

この頃の日本のアーティストには
海外録音が多く見られた。
円高バブルの日本でやるよりも
遥かに制作費が抑えられるからである。

『TEARDROPS』の2枚目のアルバムは、
サンフランシスコのスタジオで行われた。
1日やっても10万円ポッキリ。
ダビングで使ったキングストンの
スタジオなどはさらにリーズナブルだった。

渡航、宿泊費をさっ引いてもお釣りがくる。

よくバブル時代の恩恵は何かと聞かれるが、
せいぜいそんなところだと思う。
入ってきたが、その分出ていった。
実際の生活は何も変わらなかったのである。

そんな風だったから、
あらゆる機材の進歩と共に
僕らの社会生活は様変わりした。

東芝EMIの石坂さんが真っ先に持ち歩いた
弁当箱のような携帯電話は、
35年余りの時を経て
今では子供たちの
必須アイテムにまでなっている。

途方もなく昔の話になるが、
クルマの広告を作っていた頃、
「クルマのバックに映り込んだ余計なモノを消せるよ」
って言われて、
イスラエルで開発されたという
コンピュータ機材を
某印刷会社まで見に行ったことがある。

数億円もするという
その機材を使用するには、
写真1枚につき加工料、
百万円単位が必要だった。

それから約10数年後、
その機材はパソコンのアプリに変身して
我が手元に存在した。
なんてことはない、
Photoshopの原型だったのである。

その頃から僕らの生活環境は一変した。
パソコンの中で情報を得るようになると、
考えるよりも知ることの方が重要になり、
社会でのコミュニケーションの在り方が、
より単略化されていったのである。

必然的に音の価値観もデジタル化していき、
空気感の振動から伝わってくる感覚は、
ついにライブのシーンでしか
味わえなくなってきたのだ。

レコーディングも、よりデジタル化され、
パソコンを中心とした自宅録音が進む。
詳しくは知らないので
滅多なことは書けないが、
地域や環境を考慮すれば、
どんなところに居てもアプリで
レコーディングができる時代になったのである。

結果、この世の中には、
電波通信によるネットワークや
高性能な機器が増加して、
様々な電磁波ノイズを生み出している。
実際に聴き取れなくなくても
私たちは絶えずノイズ・ストレスに
さらされているのである。

…………………………………………

去る冬晴れの土曜日、
『藻の月』のミーティングを
飯能の山沿いにあるRenの家でおこなった。

春に覗いたきりだったので、
どんな風に古民家を改造したのか
楽しみでもあったのだ。

Renの家は、一階の右側の2部屋が
スタジオ使用になっている。
いかにも手作り風なスペースの中に、
新たにマーチン(FOOLS)の遺品となった
ドラムセットが配置されていた。

回り回って旧友に再会した気がした。
これをカノンが叩くと思うと、
なんだか世の不可思議を感じざるを得ない。

窓辺から西陽が逆光しているソファに腰かけ、
Renのかけたレコードを聴き、
Renの淹れた珈琲を飲む。

ゆったりとした空気が、
ゆっくりと流れているのを感じた。
此処ではすべてを一度OFFにできる何かがある。
そんな単純な想いが
山向こうに持って行かれるのを感じるのだ。

「焚き火をしようか」

始まりそうにない
ミーティングの間をぬって、
Renが言い出した。

「おっ、いいね」

ジョージが重い腰を上げる。

裏庭にある焚き火のスペースに向かうと、
途中の川べりで水の音を聴いている
カノンの後ろ姿を見かけた。

「ここら辺は鹿の鳴き声がするんだよ」

火に薪をくべながらRenが言う。

真っ赤な火に弾ける薪の音と共に、
川を流れる水の音がする。

木々を渡る風の音と共に、
しんしんと深まる
闇の音まで聴こえる気がした。

「まずは此処で空気感を録っていこう」

そんな焚き火を囲いながら、
レコーディングの話をジョージが始めた。
次は4曲入りのアナログレコードを
出そうかと思っているのだ。
 
突然、″キューン″と、
山のほうで鳴き声がした。

「ほらっ、あれが鹿だよ!」

Renが嬉しそうに言い放った。

「そぅか!じゃあ、鹿ごと録っちまおうぜ!」

ホットワインで酩酊したジョージが
誰に言うでもなく言葉の後を継ぐ。

山の景色が闇に溶け、
焚き火の音だけが耳をつく。

″この瞬間をティアックで録れたらな″

思わずそう思うのだった。

(2021/11)

PS/

『藻の月』のLIVEがキャンセルになり、
ご迷惑とご心配をおかけしております。
体調を整えて、
『12月23日クロコダイル』からの
再開を目指しておりますので、
よろしくお願いいたします。

※12/4(土)地球屋でのLIVEは、
Renのソロステージに
代えさせていただきます。
よろしくお願いいたします。

●Magical Lizzy Band

11/28(SUN) 国立・地球屋
Open19:00 start19:30
Entrance1500+1drink
●Magical Lizzy Band
●S U B A R A S H I K A

平山 連 ✖️ 丸山康太
11/29(月)下北沢440 four forty
Open18:30 start19:00
前3000 当3500

【来場 生配信】「AMPHITHEATRE」丸山康太(踊ってばかりの国)× 平山連(Magical Lizzy Band 藻の月)/ 選曲:Turkey

12/23(木)原宿/クロコダイル
『とにかく大忘年会!』
●藻の月

●The Ding-A-Lings

●Hurricane Sully & Reward

DJ/DJ HOL-ON
Open17:30 start18;30
前2300/当2800