第12怪『ジョンの魂』

第12怪『ジョンの魂』

久しぶりに軽井沢に行って来た。
何十年振りかである。

初めては高校生のとき、
学校帰りにそのまま貸別荘に行ったのだった。

首謀者は誰だったのか覚えていないが、
18歳になり免許を取ったばかりの輩が
学校まで車を乗り付けていて、
3台に分乗して向かったのであった。
確か10人くらいは居たと思う。

高専だったので20歳までの学生がいて、
紛れればバイクや車通学が可能だった。
(高校生はもちろん、校則違反であったが)
覚えていないがたぶん土曜だったのだろう。
校門を出たら車3台が連なっていて、
「乗れよ」って言われるがまま
軽井沢まで連れて行かれたのである。

旧軽井沢の公衆電話から、
「いま軽井沢だからウチには帰れないよ」
って連絡したのを覚えている。
毎度のことだが、親は呆れ果てていた。

意外と広い別荘でドンチャン騒ぎをした。
それに飽きると街まで
車でナンパにくりだしたのだが、
旧軽の銀座通りで高校生が声をかけても、
年上のお姉様方は誰も相手にはしない。

当たり前なのだ、
どこかの不良青春映画のようにはいかないのである。
いま思うと実に滑稽で恥ずかしい。

そんな軽薄丸出しの青春から少し進んで、
しつこくデザイン学校で淀んでいる頃も、
僕は相変わらず軽井沢に繰り出していた。

夏季シーズンになると、
住み込みバイトを募集する店もあり、
数日間遊び気分で出稼ぎすることがあったのだ。

「ジョンに会ったよ」

一緒に軽井沢に行っていた彼女が
別荘地を散歩していたら、
偶然にジョン・レノンに出会ったという。

ジョンは自転車に乗っていて、
「Hello!」って声をかけたら、
わざわざ自転車を止めて、
「Hello!」って応えてくれたと言うのだ。

すごく羨ましくなって、
時間ができると自転車に乗って
ジョンの「Hello!」を探して、
街から別荘地を走り回った。
当時、ジョンが万平ホテルに
滞在していることなど知らなかったのである。

結果、僕のところには
ジョンの「Hello!」は現れなかった。
すごくガッカリした。

それから3年後の昨日、
1980年12月8日にジョンはこの世を去った。

会社のデスクに置いてあるラジオから、
その訃報が流れたとき

「やってらんねぇな、今日は帰るわ」

同僚の誰かがこれみよがしに大声を出した。

それを合図にというわけでもないのだが、
僕自身も何もやる気がしなくなった。

意外なほど、ショックだったのだ。
自分の中のジョンレノンが
それほどに大きいとは思わなかったのである。

なんとなくフラフラと会社を出て
そのまま早退したのを覚えている。

あの時の気持ちはうまく説明できない。
″どーでもいいや″
そんな気分が突然に押し寄せて来た感じだったのだ。

…………………………………………

ビートルズの映画『Let it be』は、
中学を卒業するタイミングで観に行った。 

スクリーンに向かって、
「ジョージ!」とか、「ポール!」とか、
ちょっと年上のお姉様方が
金切声をあげていたのが印象的だった。
(どうでもいいことだが、ジョージへの声援が多かった気がする)

同時に西新宿と池袋の安い映画館で、
(確か『ハード ディズ ナイト』『ヘルプ』の2本立てで300円くらいだったと思う)
過去のビートルズ映画が封切られたので、
学校をサボり10回くらいは観に行った。

映画館はいつ行っても満席だった記憶がある。
他にバンド系の映像を
観るすべが無かったこともあるが、
世の中はそれほどまでに
ビートルズ・ブーム(解散の情報も重なって)
だったのかも知れない。

…………………………………………

今回の軽井沢のホテルの部屋で、
ドキュメント『Get Back』を観ることにした。

内容は映画になった『Let it be』の
ディレクターズ・カット版だ。
解散の原因になったという
ながーい様々な揉め事の場面が続き、
4人のそれぞれの個性が赤裸々に現れるのだ。

当時は雲の上を見上げるようにして
眺めていた4人も、
今見ると普通の若者で、
個々のアイデンティティを意識する
タイミングでのぶつかり合いがあったのが判る。

有名無名に限らず、
バンドというものに接していると
メンバーそれぞれの個性の関わり合いが、
とても面倒くさく思うときがあるのだが、
ひっくり返せばそれが面白い気がする。  
そこら辺がバンド活動の
醍醐味なのかも知れないと思うのだ。

帰る足で『万平ホテル』に寄ることにした。
ジョン・レノンがショーンを連れて
‘77年から‘79年までの3年間訪れたという軌跡を
妄想しようと想ったのである。

当時付き合っていた彼女が
「Hello!」って
木漏れ日が射す小道で挨拶を交わしたのは、
その最初の年、‘77年の夏だった。

ジョンがお気に入りだったという
万平ホテルのカフェテラスで珈琲を飲み、
(ジョンは英国人だから紅茶だったのかも知れないな)
なんて想いながら、
とお〜い昔の景色を眺めたりする。

ジョンが音楽活動を休み、
ショーンの子育てに専念したという5年間は
いったいどんな風が吹いていたのだろうか?

‘80年に音楽活動を再開せずに、
引き続き休んでさえいれば
あんな惨劇は起きなかったのかも知れない。

なんて、
しばしの妄想を愉しんだあと
カフェを出ようとしたら、

サングラス姿のジョンのポスターが
こちらを向いて「Hello!」と佇んでいた。

 

「今はもう無いんですけどね、かつてはウチにミュージアムがあったんですよ」

品の良さそうなカフェの支配人が、
いかにもという感じで応える。

ふと、
さっきまで見ていた『Get Back』での、
ジョンのなんとも言えない無表情が浮かんだ。

小野ヨーコという女神に出会った時点で、
ジョンの魂はビートルズと離れてしまったのだろう。

改めて昨日、12月8日は、
ジョン・レノンの命日だった。

信じられないが、あれから41年の月日が経つ。

   想像してごらん  天国なんて無いんだと
   簡単なことさ
   地下には地獄も無いんだ
   僕たちの上にはただ空はあるだけ
   想像してごらん
   みんなが   ただ  今を生きているって
   (Imagine/Jhon Lennon)

(2021/12/09)

PS/

ところで、『藻の月』の方のジョージですが、
元気になリました。

もう大丈夫!

今年は本当に色々とありましたが、
全ての憂さを吹き飛ばすために、
バツグンに気の合う『The Ding-A-Lings』と、
バツグンにチャーミングなサリーちゃん率いる
『Hurricane Sally & Reward』と共に、
無礼講の大忘年会をぶちかまそうと思います。

お時間のある皆様はこぞってお越しくださいませ!
お待ちしております。

12月23日(木)原宿クロコダイル
『とにかく大忘年会!2021』

●藻の月

●The Ding-A-Lings

●Hurricane Sally & Reward

●DJ/HOL-ON

Ad/2300 day/2800
Open18:00 start19:00

※前売り予約/クロコダイル
https://crocodile-live.jp/

MONOTSUKI
kasuyaimpact@yahoo.co.jp