第25怪『九州』
- 2022.07.04
- 未分類
- Magical Lizzy Band, RANGSTEEN, Ready Bug, TEARDROPS, THE FOOLS, ウィスキーズ, カノン, シーナ&ロケッツ, ジョージ, よもヤバ話, ローリンストーンズ, ロックバンド, 伊藤耕, 山口冨士夫, 青木真一, 高円寺, 高円寺バンド, 鮎川誠
所用があり、九州に行って来た。
実に30年振りである。

思い返せば最後に行ったのは
TEARDROPSのツアーだったのだ。
あの時は確か、
メンバー3人を前乗りさせ、
体調が不安定だった冨士夫を
ギリギリまで調整してから飛び立った。
羽田まで向かうタクシーが🚖
首都高で渋滞に巻き込まれ、
ほとんど最悪の事態を想像して
覚悟したのを覚えている。
携帯などない時代だから、
メンバーたちはどんな気分で
冨士夫を待っていたのだろうか?
博多のライブハウスに到着したときは、
開演時間をゆうに過ぎていた。
楽屋に入った時の3人の安堵した表情が
今でも忘れられない。
「さぁ、いこうぜ!」
時にはギリギリの緊張感が
滅多に創り出せないグルーヴ感を
生み出すことがある。
リハもなしにぶつけた博多の夜は、
最高に揺れる景色を創り出していた。

………………………………
話は変わるが、
僕の初めての九州は高校の修学旅行だった。
1週間かけて九州を回った。

18歳の思い出(欲望)に、
僕らは全ての街のストリップ小屋を
訪れようと決めていた。
(救いようのない馬鹿だったので)
自由時間になるとリサーチをして、
各地の小屋を見つけて回る。
どの地域か覚えてないのだが、
割とこぢんまりした街で小さな小屋を見つけた。
「ココは営業しているのだろうか?」
そんなサビれた雰囲気が漂う
小屋の横にある洗い場で、
タライでゴシゴシと洗濯をしている
オバちゃんがいたので聞いてみた。
「この小屋、やってるのかなぁ?」
「やってるよ、夕方5時過ぎたらおいで」
いかにも田舎風のまぁるい風体をした
人の良さそーなオバちゃんは、
赤切れた手で鼻をこすると、
洗濯をする手をとめながら笑った。
僕らは嬉々として、
呑んではいけないポケット瓶を煽り、
夕食後の宿を抜け出し
勢いよく舞台の下にかぶりつく。
間もなくして赤ちゃけた
朱色のカーテンがオープンすると、
タブーの音色と共に
女神の影が舞台の袖から現れた。
「いらっしゃ〜い❣️ 学生さん御一行ぉ〜💓」
出てきたのは、あろうことか、
さっきのオバちゃんだった。
「ごめんなさいね〜 ワタシでぇ〜」
とか言いながらのご開帳。
その瞬間、
僕ら全員は下を向くのだった。
修学旅行の最終は博多だった。
この頃になると
ストリップツアーは口コミで
他のクラスにも知れ渡り、
最初は5人の勇士(?)だけの試みが
最終日には100人規模に膨れあがり、
博多の某エンタメ小屋は
ウチの学生で貸し切り状態となった。
18歳の怒涛の歓声がの太く渦巻くなか、
憧れの天使の羽衣が天に舞った。
“おお〜っ!!”
その瞬間、
後列にいた同級生どもが
ドット後ろから押し迫り、
最前列にいた僕らは
背中からのしかかられ、
大事なところで床を眺めるのだった。
「面白かったか?」
100人の学生の中に、
不穏な空気を察した
2人の教師が混じっていた。
小屋のいちばん奥から
僕らの素行を観察していたのである。
結局、首謀者の僕ら5人は、
帰京するなり3日間の自宅謹慎となった。
(本来なら停学なのだが、共犯が100人に膨らんだのが不幸中の幸いだったというわけ)

………………………………
その後の九州旅行には
全てに冨士夫が絡んでいる。
つまり、LIVEありきだということだ。
シーナ&ロケッツに同行した
玄界灘のイベントに加えて、
熊本、鹿児島、佐賀などを回り、
南国九州のさまざまな風景や
文化の風を感じたりした。
TEARDROPSでは、
年に2回は博多に行くように
ローテーションを組んでいた気がする。
経費がかかるので、
プロモーションにつなげるタイミングで
ツアーを行なっていたのだ。
今ではそのような在り方も様変わりした。
かつてのようなレコード会社との
タイアップは気薄になり、
音楽の関わり方そのものが
変わったのだと思っている。

………………………………
さて、今回は個人的な所用があり、
バタバタと宮崎・博多を回るだけの
駆け足移動ではあったが、
何であっても旅行は楽しい。
せち辛い想いが紛れる気がするのである。
………………………………
最後に、
下記の写真はTEARDROPSが
東芝EMIと契約した頃、
神戸か京都の店でのワンショットである。

撮影者は井出情児さん。
プロモーション撮影の束の間に
ひと息つく瞬間のシーンが映し出されている。
気だるく煙草を燻らせながら
酒を呑む冨士夫と青ちゃん。
この時の2人はまだ30代だった。
40になる手前でバンドブームが起き、
世間はギターキッズで溢れ出した。
一生アウトロー人生を決め込んでいた
青ちゃん(青木眞一)などは、
スポットが当たる予想外の展開に、
ハーパーの水割をシングルから
ダブルに格上げする一瞬を得る。
40歳になるロッカーが
若いのか若くないのか、
2人のような先陣を切った
世代から見える風景は、
先が見えにくい分岐路だっただろう。
Rockを語るには生き方そのものが
まだまだ重要だった頃の話だ。
夢はフカンで見るものではなく、
生きている目線で感じる
アナログな時代の話なのである。
伊藤耕の歌詞ではないが、
″人生は太陽の一瞬のまばたき″
なのだろう。
その間に僕らは、
いったい幾つの夢を見ることが
できるのだろうか?
今年もまた暑い夏がやってきた。
″老いも若きも描く夢は果てしない”
つくづく、そう想うのである。
(2022/07/04)

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