第36怪『Magical Lizzy Band』

第36怪『Magical Lizzy Band』

カノンのカウベルを持って地球屋に出向いた。

カノンが去年のイブに
ShowBoatに忘れて行ったからである。

カウベルといえば、
高一のとき、母親の勤めていた
某都立高校の文化祭を見に行った際、
体育館のステージに
ストーンズ風の学生バンドが
現れた時のことを思い出す。
カウベルのリズムと共に
″ホンキートンク″の演奏が始まったと思ったら、
そこに学生運動の連中が現れて
「プチブル帝国主義反対!」とか叫びながら
ゲバ棒と消火器をふりまわし、
ステージ上で暴れている様を
今でもよく覚えているのだ。

1971年の秋だったと思う。

その2年前の東大紛争の終結により
学生運動そのものは下火になっていたのだが、
まだまだ残り火がくすぶっていた。

カウベルの音はその時代を連想させる。
僕の脳にはそのときの残像が
貼り付いてしまっているのかも知れない。

国立の地球屋に着いたときは
18時を少し回っていた。

″もう始まっているではないか″

そう思い店内に入ると、
すでにmagicalが演奏をしているのが映った。
そそくさとテーブルにつき
ハイボールを呑みながら眺め、
曲終わりに拍手をすると、

「まだ、リハだから」とレン。

″あんだよ、逆にそれならリハが遅すぎるだろ?!″

と心の中で叫んだのだが、
大人だから口に出したりはしない。

magicalのベースとパーカッションが新顔だった。
新しいだけに新鮮である。
他のバンドで見たことのあるメンツだが、
これがmagicalには実にハマっているように見えた。

結局、18時はOPENであって、
『Magical Lizzy Band』の演奏は19時過ぎに始まった。

しかし、つくづくと
世の中がひと回りしたのを感じる。
Magicalのステージには
あのカウベルの音にも通じるノリがあるのだ。

とは言ってもノスタルジックの
意味合いからではない。

もちろん、今の若いバンドらしく、
感覚が研ぎ澄まされたサウンドは、
ときに気が遠くなるくらいに良い。
だけど、それよりも
グルーヴ感が心に響くのである。

ふと、ロンドン辺りに行けば
間違いなくウケるような気がした。
東京在住の外国人たちのイベントにも
呼ばれたことがある彼らだが、
何とも言えないエキゾチックさは、
音と共に生きる輩たちの
空気感にピッタリなのだ。

magicalの余韻が残るなか、
『aka-jam』や『MOKU』が続く。

『aka-jam』には文句無い。
長い間、音と戯れた時空を感じる。
そこにずっとたたずんでいたいような、
そんな気分にさせてくれた。

その時空を抜けると『MOKU』が居て、
見たことも聴いたこともないような
不可思議な歌を聴かせてくれるのだ。

″もう座ってなんかいられない″
とばかりにカウンターに行き、
もう一杯ハイボールを注文した。

ゆらゆらとほろ酔い加減で、
『LED』からドラマチックに流れる
女性ヴォーカルを聴いているうちに、
自分の所在がわからなくなってきた。

″こりゃ、ひさびさの酩酊コースだな″

酔いに任せて店を後にした。

くるくると回る景色のなかを歩き、
駅までの一本道を進む。
一瞬、クルマのライトで、
あたりの景色が白く飛び散った。

″ふぅ、…少し休むか″

冬の冷気に包まれた
大学通りのベンチに腰を下ろした。

空を仰ぐと、
はるか上空に薄い月が昇っている。

ずっと眺めていると
消えてしまいそうなその景色の中で、
僕は目をつぶった。

火照る気持ちに北風が気持ちいい。

土曜の街並みの喧騒とともに、
何処からか、
カノンのカウベルが聴こえてくる気がした。

(2023/01/25)