第43怪 お盆のちょっとこわいはなし

第43怪 お盆のちょっとこわいはなし

エクトプラズムを見たのは中2の時、
14歳の夏休みに行った従兄弟の部屋だった。

最初は煙草の煙かと思ったんだ。
モヤァっとした煙が
顔面1メートルくらいの空中に現れ、
ふわふわと漂っていた。

でもおかしい、
煙草なんか誰も吸わないし、
ぼくは不良にはなりたがったが
まだ、煙草は吸いたくなかった。

身長が止まるって誰かが言っていたし、
なんか隠れてこそこそするのも面倒くさい。
友達はダサいって言うけれど、
煙草とウィスキーは高校生になってから
と決めていた気がする。

何時だったかはわからないけれど
真夜中だったと思う。
″バキン!″って感じで突然に目が覚めた。

金縛りにあうのも初めてだった。
自分の目がまんまるに
見開いているのがわかる気がした。
こわいって思って身をよじったけれど、
ガチっ!て固まって動けない。

そこにフワッと煙が現れたのだ。

それは真っ暗な空間で
長細くなったり太くなったりして、
ゆっくりと自在にカタチを変えるのだけど、
“コレは煙ではない”と想った途端に、
なんだか、じと!っと心が汗ばむ感じがした。

いま考えると
アレは自分の恐怖心が
呼んだ幻覚かも知れないけれど、
その煙はふわふわと揺れながら
人間の上半身のようなカタチになって
スゥっと迫ってきた。

とたんに、ゾワっ!とするあの感じ、
上半身には両手があって
あきらかにぼくはソレで
次の瞬間に首を絞められた。

苦しいっ………!😖

小学生のころ
柔道の締め技遊びというのがあって、
はがい締めにして気絶させるってやつ、
後に危険だからということで禁止になったけれど、
そんな技を友達にかけて遊んでいた。

あのとき、こんな風に
友達も苦しかったのかしら?
なんて、ちょっと思ってしまった。
ソレくらい苦しかったのだ。

だけど、絞められる理由も覚えもないから、
訳が分からなかった。

どのくらい時間が経ったのだろう?
きっとほんの数分なのだろうけど、
1時間くらいは経っている気がした。

煙がスゥッと消えた瞬間に
身体が自由に動くようになった。
声も出なかったから
隣に並んで寝ていた7歳上の
従兄弟の兄さんを揺り起こして、

「ねぇ!お化けが出たよ!」

って、訴えた。

だけど、

″何を馬鹿なことを″

みたいなことを言われ、
取り合ってもらえなかった。

まぁ、立場が逆ならそうだろうな。
14にもなって、
何がお化けだよ、って思う。

というわけで電気もつけてもらえず、
そのまま横向きになった。
すると、今度は、
まるで誰かが横たわるように
スゥッと、煙が隣に現れた。

コレにはびっくりこいた、
を通り越して、凍りついた。

そのとたんに
また金縛りになったのだ。

固まったままでじいっとしていたら
今度は危害を加えては来なかったけれど、
あきらかに横で添い寝?
をしている感じがする。

誰?とか思いながら凍りついた。
こっちを見てる?とか、
なんですか?とか、
いろいろと思いながら耐えていたら、
突然にフッと金縛りが解けて自由になったので
ぼくは布団を被った。
いや、夏だったから
タオルケットだったのかも知れない。

当然、誰でも想像するだろう、
それでも、
タオルケットをスゥっと持ち上げて
入ってくる誰かを……。

だから、
ぼくは目をつぶったのを覚えている。
何かが入ってきても見えないように。

どのくらいの時間が経ったのだろう?
気がついたら朝になっていた。
ぼくはめでたく寝ていたのだ。

…………………………………………

従兄弟の家の朝食はパンと
サイフォンで沸かした珈琲。
それにハムエッグが定番だった。

それを頬張りながら
″帰ります″
ってことになって、
″どおして?″とか、
従兄弟家族に言われたけれど、
″お化けが出るから″
とも言えず、
不審がられながらも予定を切り詰め、
帰ることにしたのである。

…………………………………………

信濃町駅を明治神宮方面に行くと、
すぐに左下に降りていく側道がある。
そこは200メートルほども続く
深く長い坂道で、
左側には広大な墓地が広がっていた。

駅の北側にはいくつもの寺があり、
そこの敷地かとも思うのだけれど、
とにかく、信濃町周辺の景色は
かつては寺町だったのである。

その坂道を降りると三角公園があり、
そこを抜けて少し進むと
かつては小さなお肉屋さんがあった。

今では正面に公明党本部があるけれど、
ぼくが子供の頃は平屋が並ぶ
下町独特の情緒があった気がする。

腹が空くとその肉屋でコロッケを買ったりした。
「ソースはどうする?」
とか訊かれてかけてもらうのだ。

そのコロッケを持って、
喜び勇んで肉屋の横道を入ると、
戦後に建て直したままつながっている
長屋が並んでいる。

全ての家が鰻のようにくっついていて、
同じ玄関だから、
数を数えながら従兄弟の家を確かめると、
「ただいまー」って帰宅するのだ

幼稚園の頃から
夏休みはその従兄弟の家で過ごしていた。
兄さんと姉さんがいて遊んでくれていたから。

長屋の中は狭いのだけれど2階があり、
そこを上がると物干し台がある。
そこから外を眺めると
信濃町の駅に向かって
広大な墓地になっていた。

そこら一帯は
江戸時代から続く由緒正しき地域で、
古くからの下町の文化が残されていたのだ。

ある時、その地域に
いとも簡単に首都高速が通った。
ぼくが小学校の時である。
当然のごとく、
信濃町の墓地を全て掘り起こし、
跡形もなく破壊したのだ。

墓地には
刀とか歴史的な遺品が埋まっていて、
ひとしきりニュースにもなったが、
やがて、東京オリンピックの成功の影で
跡形もなくなった。

それから数年経ったお盆の出来事なのだ。
ゆらゆらと煙が現れた今回の話は。

あのときは、従兄弟の家を後にし、
信濃町の駅に向かう坂道を進みながら、
右側に見える慰霊塔
(掘り起こした全ての物が入っている塔)
を見て思った。

″この中のどなたかと波長が合ったのかしら?″
…なんて。

…………………………………………

ということで、『お盆』である。

旧暦の太陰太陽暦だと8月15日、
新暦の太陽暦だと7月15日目安が
お盆ということになる。

日本は伝統的に月の満ち欠けと
太陽の出入りのミックスで時を測っていたのに、
明治政府は西洋に合わせた
太陽だけで測る新暦に変えたのだった。

そこで約ひと月の時差が生まれることになる。

しかしながら時を測るということは
そうすべき地域の理由がある。

日本がもともと8月15日に
お盆を行っていたのには、
農業の収穫等に合わせていたからだ。

近年では夏休みの真ん中で、
子供たちの学校も休みだし、
帰省するのにも便利だからなのである。

でも、東京はそんなことはお構いなしに、
新暦の7月にお盆を行うけど、
やっぱりそれは理にかなっていない気がする。

そう思いながら、
8月13日に迎え火をたいた。
送り火は15日だ。
そうそう、
真ん中の14日の今日は冨士夫の命日でもある。

供養をしたいと思います。

ところで……、

従兄弟の家で体験した煙のその後は
どうしたのかって?

実は石神井のぼくの家に付いて来たのです。

その話はまた、来年のお盆にでも……。

まだまだ暑い日が続きます、ご自愛ください。

(2023/08/14)

PS/

藻の月のLIVE予定

■9/17(日)立川AACompany
■9/23(土)国立 地球屋
■11/13(月)原宿クロコダイル(Monotsuki &  sakana)
※詳細は全て後日発表いたします。

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