第57怪『ジグソーピース』

第57怪『ジグソーピース』

すっかりと秋めいてきた。
いや、ひとっ飛びに12月の気温なのだという。

夏が好きなので寂しい気もするが、
今年の暑さはちょっと度が過ぎていた気がする。

そこに身内の不幸と
僕自身のコロナや骨折が重なり、
いびつな団子になって転がって来たので、
それらにぶつかりながら過ごしていたら、
あっという間に夏が終わっていた。

そんな最中でも、
久しぶりに絵を描くことができた。

外出することもままならなかったので、
ひたすら描くことに集中できたのだが、
こんな風に家の中で過ごすことは、
最近はずっとなかった気がする。 

母親の介護のために始めたタクシー業を、
春を待たずに辞めたため、
期せずして時間ができたのだ。

運転はいつの間にか13年も続けていた。
だから、クルマから降りたときは
流れていた景色が止まったような気がして、
正直、随分と戸惑った。

それから、
自分自身の時間を呼び戻すのに
どのくらいを要したか定かではないのだが、
ある朝起きたら心が晴々としていた。

部屋の中を見渡し、本を眺め、
レコードを整理しながら音楽を聴いた。

その頃はもう春から
初夏になっていたと思う。

ちょうど、『藻の月』のNew Album『Sir』の
発売時期と重なったので、
せわしなく立ち回っているうちに
時(とき)がシェイクされたのかも知れない。

『藻の月』の4人もまた、
これまでとは違うシーンに入っている。

若手のRENとKANONは、
これからの音楽作りのために
自分の時間を構築しているところなのだろう。

安井は相変わらずのマイペースで、
ジョージは長い活動期間を眺めるように
次なる想いに耽っているところだ。

L H O O Q “ルーク Monotsuki ”藻の月” 2025/04/13 晴れたら空に豆まいて{LIVE}

人は立ち止まって
周りを眺める時間が必要なのだと思う。

そのときが何歳で、どこに居て、
何をしていようとも、
本来の自分自身に立ち返ったり、
違った世界を想像することは
大切なことなのだと思う。

「トシ、なんか頑張り間違えをしてねぇか?ここで立ち止まって、もう一度周りを見渡してみようぜ」

冨士夫はよくそう言って
闇雲に走り回っている僕を制した。

「本当にやりたいことをするためには、大切な何かを捨てなきゃな」

とも言っていた。

それは、日々に流れる安心感だったり、
安定した経済だったりするのかも知れない。

まぁ、“保身に走るな”ということなんだろう。
好き勝手に生きるには
それなりの覚悟が必要なのであります。

終いには、

「この人生、いったん諦めてRockしようぜ!」

と言うのがいつものオチだったから、
冨士夫の話は、
永遠に乱高下を繰り返すのである。

” オンボロ” from ”TEARDROPS Live -Look Around Tour- (2CD) ”

そんなことをゆらりと想いながら、
この夏に描いた絵を眺めていた。

ふと、部屋の片隅に目をやると
MAKIの描いた絵が
何十枚も立てかけてあるのが映る。

MAKIというのは前妻で、
別れた後もかけがえのない繋がりがあった。

夫婦としてはうまくいかなかったが、
自由になるために思い切った行動をとる
予測不能な勇気には、
心のどこかで同調していたのかも知れない。

MAKIは絵を描き、ギターを弾き、歌を歌った。
子供と一緒になって子供のように遊び、
共に泣き、怒り、笑い転げていた。

旅好きで、
突然に飛び立つのだけれど、
彼氏と一緒に行ったフィリピンで、
彼氏と喧嘩別れして路頭に迷ったことがある。

フィリピンの日本大使館から国際電話がかかってきた。

「◯万円をお貸ししましたから」と言うのである。

そこらの交番で帰りの電車賃を
借りるんじゃないんだから、
“なんてことをするんだろう!?”
なんて、笑ってしまった。

(まぁ、それを振り込む段階で我にかえるのだが…。)

バリ島に一人で行くことも何回かあった。
ウブドに何週間も滞在して絵を描くのである。

バリで現地の彼氏ができて、
彼を連れて帰ってくると騒いだり、
猿に手を噛まれて緊急帰国したり、
毎回がヒヤヒヤもんなんだけれど、
最後にバリに行った頃は
すっかり絵描きになっていたんだろう
と僕は思っている。

自分の心のままに描いた様が
キャンパスに現れている気がしたのだ。

そんなMAKIだったから、
情緒不安定になることもあり、
ある病院に定期的に通っていた。

そのころの僕はもうタクシーだったので、
彼女の病院への送迎を引き受けた。

その病院には絵画教室があり、
MAKIは『ウブド』の続きを描くように
通っていたので、
終わりの時間を見計らって
迎えに行ったりしていたのだ。

絵画教室を主催していたのは
田端優子さんという女性だった。

縁は異なものとはとはまさにこのことで、
彼女は偶然にもアリ(有田武生)のパートナーだったのである。

アリは冨士夫とも繋がっているアーティストで、
ミュージシャンでもある。
『AKET』というバンドを若い頃やっていて、
その頃の音は今でも僕の部屋に流れている。

AKETO 1975 影の旅 by Ari

先週の日曜日、
田端優子さんの個展に行くことにした。
招待葉書をいただいていたのだ。

吉祥寺のはずれ、かつての
“『ぐあらん堂』に向かう道”といったら、
分かってもらえる人がいるだろうか。
駅から住宅街に向かって西に進んで行くと、
アパートを改造したようなギャラリーがある。

そこで田端さんは個展をしていた。

彫刻と絵画が息づくように
陳列されている空間に彼女は居た。



ひとしきり作品を眺めながら、
MAKIか通っていた
かつての絵画教室を思い浮かべたりした。

田端さんの作品と共に僕の脳裏には
MAKIの姿が懐かしく流れる。

「MAKIの代わりに見に来ました」

休憩室から顔をだした田端さんに挨拶をすると、
彼女は少しだけ驚きながら微笑んだ。

そして、
ひとしきり作品の説明をしてくれたので、
僕はその中にあった来年のカレンダーを購入した。
(カレンダーを見たら、何故か来年は良い年になる気がしたので…)

すると、田端さんが、

「来週、阿佐ヶ谷でライブがあるので、よかったら」

と、『阿佐ヶ谷・天』で演る
『ARI ROAD BAND』のフライヤーを出してきた。

そこにRENがゲストで入るという話を聞いて、
また、不思議なピースがひとつ
繋がった気がしたのである。

その『阿佐ヶ谷・天』に行ってきた。

19時半開演とあったので
10分くらい前に着いたのだが、
もう中から音がしていたので急いで入店したら、
まだリハなのであった。

べべひろとRENとトット(南正人’s son)と
TOMOさんが、混成バンドを組んでいる。
リハから間もなく、
そのまま本番に入ったのだが、
これがけっこう良かったのだ。

2番目に出てきた村上ベンさんは、
15年以上も前になるが、
昭島のライブハウスで
冨士夫と一緒に演っているのを
見たことがある。

あの頃の冨士夫は
調子を崩し始めた時期で、
リハビリも兼ねて村上ベンが
サポートをしてくれたのだろう。

相変わらずの名調子で、
ゆったりと堪能できるステージだった。

この夜のイベントの主役・モリヤンが登場し、
熱いステージを展開した後、
いよいよ『ARI ROAD BAND』がステージに上がる。

田端さんも筆や彫刻刀をスティックに持ち替え、
ドラムを叩いている。

Renは今日2度目のステージだが、
どのバンドで見ても
異彩を放っている気がする。

言葉でどう表現したらいいかわからないが、
Renの音色には想像力がある。
聴く人の心の中で増幅するような響きがあるのだ。

ARI ROAD BAND 2025阿佐ヶ谷・天 ARI/TOMO/YUKO/REN

「 演奏しながらマキちゃんを思い浮かべちゃった」

ステージから降りてきた田端さんは言った。

MAKIが聞いたら
大喜びするところだっただろう。

実は僕もBandの演奏に乗りながら、
MAKIが踊る幻影を眺めていたのだ。

偶然に交差する出会いの中で、
人間同士の繋がりは、
絶えず動き、離れ、再開し、変化し続ける。

もし、人生をジグソーパズルに
見立てたとしたら、
繋がっているピースは
あとどのくらいあるのだろうか。

「これがマキちゃんの描いた最後の絵だと思う」

帰り際に田端さんが1枚の油絵を袋からだし、
それを指し示した。

『暗雲』と題したそのMAKIの絵は、
力強い筆運びをしていた。

秋だと言うのに、
一足飛びに冬になったような夜道を、
MAKIの描いたキャンパスを抱えて歩いた。

その絵を思い浮かべ、

“ちょっと、暗いな” っと、思った。

“でも、力強くもある”

晩年のMAKIの生き方そのものだと思った。

この世は誰かがまいた無限のジグソーピース。

けれど、僕らはその中で
たまたまかみ合った奇跡のようなもの。

それだけで十分なのかも知れない。

(2025/10/25)