第60怪『青ちゃんの誕生日/ストリートキングダムに寄せて』
- 2026.01.05
- 『藻の月』BLOG
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この話は前回の続きになる。
僕は北鎌倉の家が気に入っていた。
環境はいいし、
何より心が穏やかになる気がするのだ。
“このまま此処に居着いて、
うっかり10年経ってしまいました”
なんてことになるかも知れないな。
とか思っているところへ
母親から電話がかかってきた。
「定期検診でお父さんの病気が見つかったの」
と言う。
それを受けて実家に帰ったのは
夜遅くだったと思う。
そのときの母親はひとり、
茶の間の掘り炬燵に座って
みかんを頬張っていた。
「お父さん、余命2ヶ月だって」
みかんが思いのほか甘くなかったのか、
少しつぼめたような口をして
こぼすように呟いたのを覚えている。
「そりゃあ、たいへんだ」って、
僕らの家族はさっそく引っ越すことにした。
北鎌倉を後にして実家に移ったのだ。
僕の部屋は昔のままあったから
家族3人そこで暮らすことにする。
間もなくして
父親は飯田橋の厚生年金病院に入院した。
それが、暮れも押し迫った頃だったか、
年が明けてからだったかは覚えていない。
覚えているのは、
明けた正月に冨士夫のステージがあったこと。
もと『ダイナマイツ』の大木さんと
『キズ』というバンドを組んで、
クロコダイルに出演したのだ。
「“キズ“だってよぅ…、どう思う?」
大木さんと西さん(クロコダイルの店長)が相談して付けたバンド名に冨士夫は不満そうだった。
僕はステージの真ん前に陣取って、
(冨士夫が席をリザーブしてくれていた)
このバンドの演奏を堪能した。
GS寄りの軽めなイメージだったけれど、
『ダイナマイツ』好きにとっては
楽しい時間だった気がする。
この時に、和田哲郎(連続射殺魔/琴桃川凛)に出会ったのだと思う。
彼の方から声をかけてきたのだ。
Renzoku Shasatsuma / Asakusa New Year Rock Festival 1979-80 連続射殺魔 LIVE
結果的にこれがマネージャーとしての初仕事となった。
改めて、正月明けの5日、
西永福の喫茶店で彼と対峙した。
何も音楽業界のことを知らない
名前だけのマネージャーにとって、
彼が発する内容は知らないことだらけだった。
そのころの彼は『町田町蔵(現・町田康)』
のプロデュースをしているという話だった。
イスラエル – 町田町蔵+北澤組
業界には『インディーズ』というシーンがあり、
メジャーと契約しなくてもレコードを発売できる
ということを伝授してくれた。
長い時間、いろいろと
話をしたような気がするが、
印象に残っているのは
このふたつだけだった気がする。
さっそく冨士夫に事の次第を伝え、
和田哲郎のナビゲートで
インディーズ・レーベルを訪問することになる。
それが、当時、地引雄一さんが主催する
『テレグラフ・レコード』だったのだ。
西荻窪の質素なアパートにある一室。
いささかオーバーな表現かも知れないが、
時空を抜けてひと昔前の
ストイックな時代に入り込んだような、
そんな不思議な空間だった。
地引さんの第一印象は、
控えめに笑い、控えめに喋る、
ロックな世界には似つかわしくない、
ちゃんとした人のように見えた。
だからというわけでもないが、
僕らはこの話に乗ることにした。
山口冨士夫のソロを録音するのだ。
録音場所は国立にある
『マース・スタジオ』で行うことに決めていた。
冨士夫にとっては『裸のラリーズ』以来の
同スタジオでの録音である。
(この『裸のラリーズ』REC.は残念ながらお蔵入りとなっている)
裸のラリーズ feat 山口冨士夫/ Live & Soundboard 1980/ BOX.CD-02; August 1980/ #2. “白い目覚め/夜の収穫者たち/The Last One”
程なくして『マース・スタジオ』での録音が始まった。
まともに歌詞を書いたことがない
という冨士夫に対して、
自信過剰の僕はいくつも(歌詞を)書いて見せた。
後になって考えれば
赤面するほど稚拙な歌詞ばかりなのだが、
そんな時の冨士夫は決して人を傷つけない。
「“思う存分にやるだけさ、転がりながら”だけ、もらっておくよ」
という、一説だけチョイスしてくれたのだ。
それを元に一曲仕上げてもくれる。
ブンブン from TEARDROPS / FUNNY DAYS -UNRELEASED AND RARITIES- DELUXE EDITION (CD+DVD)
録音のメンバーとしては、
当時、冨士夫がナグリのバイト(大道具などの現場仕事)
で一緒だったヒデとマサを連れて来た。
ヒデ(小林秀也)はもと『Too Much』のドラムス、
マサ(青木正行)はもと『外道』のベース
と聞いてびっくり仰天した。
2人とも僕が高校生の頃のヒーローなのである。
TOO MUCH I Shall be Release
香り 外道
和田哲郎がプロデューサーだったので、
「さて、何からやるか」
と冨士夫が彼に対して問いかけた。
すると、
いきなり和田哲郎がギターを弾き出したのである。
そのギターのリフは
冨士夫にはないリズムだったのか、
まったく違うセンスだったのか、
はたまた面白いと思ったのかは定かではないのだが、
「おいおい、これでどう歌えって言うんだよ!」
というリアクションになった。
しかし、そう言いながらも2人で構成していき、
なんとか最後まで創り上げたのが『NO SONG』である。
だから、
歌詞が見事にその時の冨士夫の
リアルな心情になっている。
山口冨士夫NOSONGS
地引さんも録音の初日に見に来てくれた。
反対に和田哲郎は
それ以来スタジオに現れなくなった。
「どうして来ないのか?」と連絡をしたら、
「自分の役目は終わったから」と言う。
彼の今回の目的は、
「山口冨士夫を音楽の世界に引っ張り出すこと」
だったらしい。
それが和田流のプロデュースだったのだ。
なるほど、見事なる『NO SONG』だと僕は思った。
青ちゃん(青木眞一/当時はFOOLS)も
レコーディングに加わり、
タイトルも『RIDE ON!』になった。

83年の春先だったと思う、
『RIDE ON!』が発売になったので、
僕は何かにつけて
『テレグラフレコード』に足を運ぶことになる。
その度に地引さんは穏やかに
ゆったりと対応してくれた。
最後に『テレグラフレコード』を訪れたのは、
確か、EP-4が渋谷でライブを行う5/21だったと思う。
たまたまクルマで行っていたので、
EP-4のレコードを一緒に
渋谷の会場まで運んだのだ。
The Frump Jump (EP-4, 1983)
それからはコチラも忙しくなり、
僕はまだ会社員だったので
目前に迫り来る問題を掻き分けながら
進むのがやっとの毎日になった。
そんなこんなだったのだが、
余命2ヶ月を宣告された父親は、
まだなんとか頑張っていた。
日々の生活の中で、
当然のごとく病院に通うことが
日常の中心になっていく。
会社に行き、病院に寄り、
必要があればスタジオの練習やライブに出向き、
夜は他社の仕事に明け暮れた。
(今でいう副業である)
夏が過ぎ、秋になり、ほっと息を吐く頃、
父親は長くない生涯を終えた。
目まぐるしく流れていた時間が
一瞬のうちに立ち止まり、
心が膝をそろえるように静かになる。
なんて、
『ストリート・キングダム』の試写を観ながら、
そんな風に時間の観念が遡っていた。
『ストリート・キングダム』を舞台とする、
この東京ロッカーズのシーンは、
僕らが北鎌倉で暮らしていた時間と一致する。
つまり、今回の話の数年前に当たるのだ。
当時は今のように情報過多ではなかったから、
知りたいことは情報誌や伝言で知り得た。
(今思うと、不必要な情報を知らずに済むのは実に健康的であった)
ロックだ、パンクだと言う波が、
ニューウェイブという大きなうねりに変わって、
音楽業界以外のジャンルまでを巻き込んで、
様々なムーブメントが起きていた。
それまで僕らが知っている
ミュージシャンのイメージは、
“潰しのきかないどうしようもないヤカラなのに、
「ギターを弾かせたら最高なんだぜ」”
みたいな感じだったのに対して、
『東京ロッカーズ』の登場人物は、
どこかストイックな雰囲気で、
時代に向かって
真剣な顔つきをしていたように思う。
長い間、
そんな風に音の世界を眺めていると、
未来を想像するために
若い世代が作り出す音楽があって、
それが時代と共鳴しているのがわかる。
映画『ストリート・キングダム』の冒頭、
当時のニューエイジの象徴として
5人の若者が並ぶ写真が映し出される。

『毎日新聞1970年元日版』に掲載された5人の若者は、
いちばん手前がガリバーこと安土修三氏。
(現在は世界的なアーティストである)
次が通称ジョンで、真ん中が青ちゃん(青木眞一)、
その向こうがケンゴさん(鈴木研五)という順に並んでいる。
(最後方の人物は不明です)
ガリバー以外は『セツモードセミナー』の学生で、
撮影は写真家/深瀬昌久さんの手によるもの。
フジフイルム スクエア 深瀬昌久写真展「洋子/遊戯」解説動画/富士フイルム
バックは渋谷/西武。
当時、渋谷西武には『やまもと寛斎』らの
サイケデリックな服をそろえた
アヴァンギャルド・コーナー『カプセル』があった。
1981年(昭和56年)山本寛斎コレクション
映画『ストリート・キングダム』の時代背景に
この写真を使用するには
少しばかり早過ぎる感があるが、
時代の転換期としては
同じ意味あいを持つのかも知れない。
さて、映画と写真のつながりでいうと、
このあと写真に映る青ちゃんは、
京都に渡り『村八分』となり、
二十歳になる青春を過ごした後に
再び東京に舞い戻りケンゴさんに会った。
「一緒にバンドをやろう」
と言うケンゴさんに対して、
「髪を切っちゃったけどいいかい?」
と青ちゃんは照れながら承諾したと言う。
SPEED 1979/◯/◯ 六本木 ◯◯スタジオ ROCKERS(Movie) 東京ROCKERS Boys I love you
2人が作ったバンド『スピード』は、
まさに『東京ロッカーズ』シーンでの中心的存在だったのだが、
当時、マネージャーだった鳥井賀句さん曰く、
「ケンゴは頑固でさぁ、周りと連むのが大っ嫌いなんだ。しまいには『Sケン』と大喧嘩して外れちまった」
ということだった。
その鳥井賀句さんが当時やっていた店
『ブラックプール』の常連だった連中と共に、
青ちゃんが次に作ったバンドが『THE FOOLS』。
バンド名はメンバーを見渡して、
青ちゃんが命名したという。
Give Me “Chance” THE FOOLS from 2CD+DVD【On The Eve Of The Weed War】
そして、
その少し後に青ちゃんの前に
再び現れるのが山口冨士夫である。
ナチュラルな状態の冨士夫は、
誰よりも優しくフレンドリーだったので、
昔を思い出して喜んだ青ちゃんは、
「以前の冨士夫が帰ってきたみたいなんだ」
とケンゴさんに伝えながら
『RIDE ON!』のRec.に臨んだという。
ということで、
今回の話は、ここで一区切りにとしようと思う。
僕らが暮らす時間の流れに
暮れたり明けたりする暦(こよみ)があるように、
僕らが歩んできた物語の中にも
心の中のセンテンスがあるような気がする。
例えば僕にとってのそれは、
大事だった人たちの誕生日だったりするのだ。
そう、今日1月5日は、
そんな青ちゃんの75回目の誕生日。
映画『ストリート・キングダム』を観て、
クルクルと昔の出来事が回っていく中での
新たな年の幕開けなのだ。
それじゃ、青ちゃん、Happy Birthday!
きっと、あっちでもフラフラしてるよね!?
そして、皆様には、
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
(2026/01/05)
PS/

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https://news.yahoo.co.jp/articles/fbaf7be897a176cd5e72ce5df585909b36f9a107

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