第35怪『縁“えん”は異(不思議)なもの』

第35怪『縁“えん”は異(不思議)なもの』

「運転手さんは、今どこらへんですか?」

いきなり、某駅から乗せたお客さんに訊かれた。

「えっ!?」

青梅街道を右折したばかりのところである。

「あのっ…、此処は、その、青梅街道を南阿佐ヶ谷に向かって……」

と言う返答に
お客さんが言葉をかぶせてきた。

「そうじゃなくてね、ぜんぜん違うはなし。私はね、いまアルプスの八合目にいるのよ」

と言う。???

何のことかわからずに戸惑っていると、

「あのね、アルプスも八合目になると、力尽きた人がゴロゴロころがっているんだって。見た訳じゃないんだけどね、わたしはいま、そこにいるの。そーゆーはなし」

お客さんは白髪のおばあさんである。
滑舌は良いが人間としては
相当なベテランに見える。
ウチのお袋と同世代かも知れない。

「あっ、それなら僕は五合目あたりですかね。ひと息つきながら休むことも考えなきゃ、って感じかな」

と答えてみたら、

「そうか、それならまだまだ元気ね。足腰も達者だろうし、頑張れるわよ」

「あ、ありがとうございます…!」

何で俺、礼を言ってるんだろ?
なんて思いながら南阿佐ヶ谷の先を右折した。

「でもね、アルプスで行き倒れても冷凍保存されるから、そのままの姿でころがっていられるんだって。わたし、そーゆーのもいいかなって!」

「まぁ、……そう、ですね」

もはや、合わせるしかない。

「あっ! そこで止めてちょうだい」

目的地はS税務署の前であった。

お支払いをしてもらい、
ドアを開けると、

「わたし、きっとね、頂上までは行けないと思うの。だから、先に逝ってますね。じゃ、縁があったらね!」

と言いながらタクシーを降りて行くのだった。

″どんな縁やねん!?

そう思うのである。

…………………………………………

前にもお話ししたことがあるが、
僕は運転手でもある。

母親を介護するために始めたのだが、
何かしらの縁があるのだろう、
気に入って、いまだに続けている。

ビギナーの頃にこんなことがあった。

ある若夫婦とお子さんを乗せて
吉祥寺の向こうの写真館に向かっていた。

「あっ、お父さんたちも乗せて行けばよかったかな?!」

東町の住宅街を抜けるところで、
奥さんの方が言った。

「大丈夫だろ、あっちはあっちで来るよ」

旦那さんが応える。

3歳になる娘さんの
″七五三撮影″とのことだった。

無事に写真館で家族を下ろし、
再び空車に戻して吉祥寺の駅に
行こうとしていたら無線が入った。

今度は東町の住宅街からの配信である。

行ってみると老夫婦が自宅前で待機していた。

「少し時間に遅れているので、焦らずに安全運転でなるべく急いでください」

こーゆーのがいちばん難しい。
が、気持ちはわかるので安全に急いで、
おじいさんからのナビゲートで道を行くと、

″あれっ!?″ と、思った。

さっきの経路と同じなのだ。

そして、″やっぱり″ そうだった。

目的地は先ほどの写真館。
それも、先ほどの若夫婦と娘さんが
店の前で待っているというおまけ付き。

僕のタクシーであることに驚いて、

「父たちまで連れて来てくれたんですね、どうもありがとうございます」

と、丁寧にお礼をされた。

若夫婦から偶然であることの
説明を受けた老夫婦も、

「何かの縁かも知れないね、ありがとう」

と、くしゃくしゃの笑顔を
プレゼントされるのであった。

″こんな偶然の縁なら良いかも知れない″

そう思うのである。

しかしながら、この話には続きがある。

それから何週間か経ったある日曜日、
明治通り沿いの東新宿で
再び、この家族と出会うことになるのだ。

そのとき家族は
地下鉄大江戸線に乗っていたのだが、
あまりの地底の深さに奥さんの気分が悪くなり、
(そうゆーこともあるんだな!?)
地上に出て深呼吸していたところに、
さっそうと我がタクシーが
通りかかったというわけだ。

「また会ったね!助けに来たよ!」

というわけではないが、
お互いの再会に小さな奇跡までも感じた。

さらに、もうひとつ。
その家族の住まいは石神井公園だという
サプライズ付きであった。
つまり、我が地元なのである。

ここまで偶然が重なれば″縁″だろう。
きっと得体の知れない何かが
現実を動かしているに違いない。

送りながら、
何を話したのかは覚えてないのだが、
きっとどこかで買ってもらったのだろう。
女の子はUFO風船を嬉しそうに持っていた。

駅から真っ直ぐに伸びる道に面した
住宅街でその家族を降ろした。

僕もクルマから降りて挨拶をした。
(もちろん、普通は降りたりしない)

「また、偶然に会いましょう」

と言ったかどうかは覚えてないが、
笑顔でさよならを言いあったのである。

そのときだ、

「あっ!」っと言う
女の子の小さな叫びと共に、
手に持っていたUFO風船の糸が切れた。
そして、あっという間に宙に浮かび、
ぐんぐんと空に吸い込まれて行ったのである。

僕らは唖然として、それを眺めた。

女の子はベソをかき、
お互いに少し後味のわるい
お別れをしたのだった。

残念なことにそれ以来、
この家族とは出逢っていない。

″風船と共に縁が切れたのかも知れないな″

そう思うのだった。

…………………………………………

さて、タクシーには
日に30回以上の出逢いがある。

まぁ、出逢いといっても
偶然に送っているだけなのだから、
滅多に同じ人を乗せることはない。

その刹那に色んな人が行き交う。

ほとんどの人は寡黙なのだが、
たまに、
溢れ出す人生の思い出話が止まらずに、
目的地を見失う老人がいる。
失恋の相談をしてきた少年もいるし、
店長になった自慢話を
嬉々として話すキャバクラ嬢もいた。

しかし、時折り、怒りながら酩酊する
どうしようもないオッさんがいて、
底意地悪く″どうからもうか?″と、
スキを狙ってくる輩もいるのだ。

でも、まぁ、
その全てがその人の日常で、
その全てがかけがえのない″今″なのである。

そして、
母親の介護のために始めたタクシーは、
思わぬ″縁″を生んだ。

病院に通うMAKI(ex妻)の送迎である。

毎月の定期的な治療は10年以上に及び、
亡くなる2週間前まで続いたのだった。

つまり、いちばんの常連客だったというわけだ。

実に″縁は異なもの″
ときには不思議な世界に迷い込む。

MAKIと知り合わなければ、
冨士夫ともつながらなかったし、
愉快でくだらない仲間たちや、
今ある毎日の景色もなかったのかも知れない。

そんなことを心に鎮めながら、
月の満ち欠けに″藻の月″を想う。

池の水藻に映る月の光が
いまの″縁″ならば、
それが永遠になればいい。

元旦に逝ったMAKIの幻影に、
その光を浮かべてみるのもわるくないかな……。

そう思うのである。

(2022/01/20)

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