第3怪『原宿クロコダイル』/夢の跡

第3怪『原宿クロコダイル』/夢の跡

ウチの裏には城跡がある。
遠い昔、太田道灌に壊された夢の跡だ。
今ではカラスの城になっていて、
深い樹木の中から
絶え間なくカラスの鳴き声がする。

血気盛んな子供の頃は、
城跡の坂を使って自転車を転がした。
中学の終わり頃は
樹々の陰で煙草をふかし、
高校生ともなるとトリップするのに
ちょうどいいスペースだったのだ。

時代が進むにつれて管理され、
今では柵ができて入れないのだが、
駅に向かうには、
お堀の跡を通るのが近道なのである。

城跡から続く林を抜け、
池のほとりから茶店の横を通り、
三宝寺池からボート池へと歩いて行けば、
駅までの長い道のりのほとんどを
公園沿いに進むことができる。

″今日こない?″

ちょうどボート池も抜け、
水っぽい風が吹き抜けたところで
レンからのLINEが届いた。

″向かってるよ″

何も言わずに行って
さりげなく観戦するつもりだったのだか、
改めて呼ばれると悪い気はしない。

自然と足早になる気がした。
初夏のような日差しのなか、
少し混んだ副都心線に乗り込んだ。

″人流が増えているらしい。今、ニュースでも言ってるよ。インド型の市中感染には気をつけて。顔を触らないように😳″

自宅から計ったようなタイミングで
指令が飛んできた。

インドだのイギリスだの南アフリカだの、
色でもつければ見分けられるのだが、
想像するだけではどうしようもない。
とにかく″危ないよ″ということなのだろう。

まことに妙な世の中である。
常々、そのうちにとんでもないことが
起こるとは思っていたが、
それが、“今” なのだろうか?
まさに始まってしまったのだろうか?

そんなことを想いながら、
原宿(明治神宮前)に着くと、
若い子のエネルギーが
表参道に向かって渦巻いていた。

明治通り沿いの建物は一新され、
久しぶりに行くと
まるでタイムトラベラーに
なったような気分である。

″ここはいったい何処の国のなんていう街なんだ?″

デザイン学校に通う2年間、
しょっちゅう歩いていた道沿いに
かつての自分の姿が映る。

俺たちはもっと泥臭かった気がする。
長い髪に時代が張り付いていたのだ。

それに比べ、今の子たちは綺麗である。
ジェンダーレスとでもいうのだろうか、
思わず見惚れてしまいそうになる自分は、
明らかに″変なおじさん″なのだった。

フールズの連中とよく行った
蕎麦屋の前を通ると、
(今はファッションビルになっている)
クロコダイルが見えてくる。

店の前まで行くと、
カノンちゃんと『すばらしか』の
ワタライくん(ワタライユウト)が 
たむろっていた。

「何時から演るの?」

「(5時)半から」

“あと10分しかないじゃない” 

急いで階段を降り、
観戦する準備に入ろうと思った。
ステージは最初が肝心なのだ。
始めと終わりが印象的なバンドが格好良い。
それを感じるのがライブの醍醐味なのである。

店に入ろうとすると、
店長の西さんが驚いたように迎えてくれた。

「何を観にきた?かぶってるんだっけ?」

「そう、今日出る最初のバンドのギターとドラムが『藻の月』のメンバーで」

レンのバンド
『Magical Lizzy Band』にカノンも加わったのだ。

『藻の月』の🌓半月が
こちらにも出ているのである。

間もなくして
『Magical Lizzy Band』の演奏が始まった。

若き3人のかもしだす音色が宙を漂っているように想えた。

今はまだ浮かんでいるように感じるグルーブ感が、
これから、いろいろなことを表現していく過程で、
いつかは何処かへと
連れて行ってくれる時が来るのだろう。

『Magical Lizzy Band』のサウンドには、
そんな可能性を感じたのである。

見渡すといつの間にかに客席も埋まってきていた。
この自粛のタイミングにしては立派な動員力である。

改めてクロコダイルという店を眺めると、
トロピカルな照明といい、
パブ風の雰囲気といい、
なかなかに良い店ではないか。

″かつてはここでずっと演っていたんだな″

という感慨深い気持ちと、
今でも店内を甲斐甲斐しく
動き回る店長の西さんを見ていると、
過ぎ去って行った時間の何もかもが、
なんだか作り話だったような気がしてくる。

♪そんな作り話、信じちゃいないさ
そんな作り話、信じちゃいないさ
まるで冗談みたいな話じゃないか♪

ふっと、伊藤コウの歌が頭の中で鳴った。

妄想と快楽と嘘と冗談が、
本当のことのように想えたあの頃、
ステージの前では女の子たちが
腰を揺らしながら踊り、
その横にいる男どもは
大声をあげながら騒いでいた。

ある夜、カウンター越しに
構えていた西さんが、
こっちにすっ飛んできて訴えた。

「なぁ、お前んとこの客だけだぞ、伝票を捨てて帰っちまうのは」

それも1人や2人じゃないと言う。
結構な人数なのである。
その時は仕方なく弁償したのだが、
それからも続いたので
僕らのバンドの客だけは
前精算になったのだった。
(クロコはライブ形式のパブ・レストランなので後精算なのだ)

オイラたちの客は立派な不良だったのである。
(まぁ、哀しいほど半端なのだが)

働かなくてもなんとなく
喰っていける時代だった気がする。
だからと言って、
金がなくても来るところがスゴイ。
行きゃあなんとかなると
思っているところが、
まさににフールズに通じるのであった。

なんて考えていたら、
ステージでは『すばらしか』が始まっていた。

初めて観るバンドだが、
25日の『ShowBoat』で、
『藻の月』と一緒になることもあり、
事前にSNSを見ていたりしたので、
なんだか妙に曲が耳に馴染んでいた。

リードギターのワタライくんが、
バカテクで気持ちがいい。

UFOでよく見かける輩なのだが、
なかなかに存在感のある
ミュージシャンなのである。

その『すばらしか』のステージ終わりで、
かつて『藻の月』にいたクニオがにゅっと現れた。
客として観に来たらしい。

「元気なの?今、何してるの?」

「元気です。地球のことを考えてますww」

考えていることはともあれ、
元気な姿を見てホッとした。
いつかまた、一緒することもあるだろう。

なんだか嬉しい気持ちになりながら、
改めて店内を眺めてみると、
20代〜30代前半といったシーンだろうか。
客たちも独特な雰囲気を持った若者が多く、
華やいだ時間を生きる魅力に溢れている。

『ゆうやけしはす』の演奏が始まる頃には、
その子達もノリノリで、
場の盛り上がりはピークに達していた。

さて、イベントも終盤に差し掛かっていた。

コロナ禍で自粛時のイベントは
想像以上に難しい。

この夜も20時に終わる予定が
若干おしてしまい、
最後の『shinshinband』に
その余波が回ってきたのだ。

「あと1曲で終わります」

僕も帰り支度を始めようかと
出口に向かいながらステージを眺めたのだが、
意外にも(といったら失礼かも知れないが)
『shinshinband』のステージが
最もリラックスできたのであった。
良い悪いとかではなく、
とにかく、あったかいステージだったのである。

帰りがけに西さんの事務所に顔を出した。

西さんはいつものデスクで
パソコンに向かっていた。

「7月はよろしくお願いします」

7月24日に『藻の月』は、クロコでやるのである。

「よろしく。今日みたいな若手もいいよね。客の中でオッサンはお前だけだっただろう」

「そう、俺だけ。でも楽しかった」

「そうなんだよな。けっこう、最近の若い奴らはいいね。俺も“『M』の西さんですよね″なんて聞かれたりしてさ」

「『M』を知ってるんだ」

「彼らの親父がな、ファンだったらしい。歳を聞いたら親父は60だって」

「そりゃあ、ファンだ。『ファニー・カンパニー』も知ってたりして」

「ああ、逝っちゃった奴もいて寂しいけどな」

「逝っちゃいましたね。でも、西さんは変わりませんね」

「困ったことに何にも変わっちゃいねぇんだよ。周りはどんどん変わっちまっているのに、俺の中では昔のまんまなんだ。これからも気軽に遊びに来てくれよな」

そう言いながら西さんは静かに笑った。

それを見て、
30数年前は毎月のように
接した笑顔を思い出した。

「改めて、7月はよろしくお願いします」

「そうか、じゃ、また来月だな、よろしく!」

…………………………………

外にでると、
店内にいた客とバンド連中が
なごり惜しそうに溜まっていた。
ライブの余韻にでも浸っているのだろう。

僕らの時もそうだった。
ステージそのままのテンションで、
明治通りの歩道を原宿に向かう。

クロコに出演した夜は、
バンドも客も一緒になって
何処かに繰り出すことが
多かったのである。

そのシーンが、
たった今も繰り返されている。

時代や世代は変わっても、
やっていることは同じなのだと思った。

それにしても、
このコロナ禍でクロコも大変だろう。

何人もの店員を雇い、
何十年も変わらぬ姿勢で
ライブハウスを維持するのは
並大抵のことではないはずだ。

それはミュージシャン好きの
西さんだからこそ
成せる技なのかも知れない。

『M』
『ファニー・カンパニー』
ロックに変わった初期の
『RCサクセション』でドラムを叩き、
それ以降は、
ずっと『クロコダイル』の店長として、
ミュージシャンたちを見守っている。

“俺の中では昔のまんまなんだ”

という頭の中には、
数えきれないほどの
夢の跡があるに違いない。

これからも
少しでも多く、少しでも永く、
その跡が続けばいいと思うのだった。

(2021/06/15)

●6月25日/金曜満月 高円寺『ShowBoat』

●出演/藻の月/Magical Lizzy Band/すばらしか

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※時間は20日に告知いたします。