第26怪『暑い夏/冨士夫の誕生日』

第26怪『暑い夏/冨士夫の誕生日』

夏真っ盛りである。
あきれるほどの暑さなのだ。

うだるような蝉の声からは
″あツィ〜 ツィ〜″
と聞こえてくるよーな気がする。

たまらず高円寺のサブストアに逃げ込んだら、
ジョージと仲の良いHが
澄まし顔でたたずんでいた。

この2人はほんとうに仲が良いのだ。

もうずうっと前からの付き合いであるらしい。

お互いのアパートを行き来しながら
なんだかんだと楽しくやっていた
若かりし頃の話なんぞを
いつも聞きたいと思っているのだが、
2人とも寡黙なうえに
妙にゆったりとしているので、
どーも、そのタイミングがみつからない。

終いには酔っぱらったコチラが
ペラペラと自らのくだらない話を
喋りまくっている次第なのである。

ゆえに、まだ、
青春のエピソードさえ聞けていない。

遅れてやって来た″すばらしか″の
ギター/ワタライくんが加わって、
この夜もくんずほぐれつのまま、
『なんとかバー』での宴とあいなった。

……………………………………

ところで、そんな僕は、
″こんなときに遊んでんじゃねーよ″
とバチが当たるがごとく
去る日曜の午後から調子を崩した。

″こりゃあ、もしかして″

と、かつて経験した倦怠感と微熱のなか、
天井を眺めながら
一晩中唸っていたのだが、
翌日の夕方にかかりつけの医院で
抗原検査をしたら陰性だったのだ。

一般診療後の発熱外来だったのだが、
他の人たちは軒並み陽性だったので、
にわかには信じ難い気がした。

しかしながら、
どうしようもなく根っこが単純なのだろう。
(腐ってはいないと思うのだが)
自転車で乗りながらの帰り道、
なんだか身体が軽くなっていく気がするのだ。

“それじゃ、ただの風邪だっていうのかぃ?”

というのも妙な言い方になるが、
キットが不足しているのか
PCR検査をしないのも気にかかる。

「きっとPCRをやると少ないウィルスの人もみんな陽性になっちゃうから、抗原検査にしているんだよ」
(抗原検査だと微量のウィルスは出ないらしい)

と言う娘の意見が正解なのかも知れない。

僕は自分の身体の中の細胞を形成する
様々な微生物たちにお願いした。
それはバクテリアだったり
ミトコンドリアだったりもするのだが、
見知らぬウィルスを見つけたら
ただちに始末して欲しい、と。

そう思いながら夕暮れが映る池を眺め、
家路に着いたのである。

翌朝には元気が戻っていた。

だから、結論として、
僕はオミクロンとそっくりな
風邪をひいたということにしたのだ。

……………………………………

そして今日は冨士夫の誕生日である。

8月10日と覚えやすいこともあるが、
毎年、忘れずに意識して祝っている。

TwitterやFacebookを眺めたら、
サミー前田が’83年元旦の『キズ』の
クロコでの写真をアップしていた。

よくこんなショットが残っていたものだ。
どこかにしまっていたんだな、
ここまで引っ張るのは実にアッパレである。
(単に忘れていただけかも知れないが)

僕は当日このクロコで前例に座っている。
3枚の写真を見て、
″これかな?これかな?″なんて、
うっかりと愉しんでしまった。

当時の僕は何も解らないまま
冨士夫の後をついて歩き、

「オレのマネージャーのトシ、ブライアンエプスタインに憧れてる奴なんだ」

って言う決まり文句に、
毎回のように赤面しながら挨拶をしていた。

「キズだって、どう思うよ?!」

クロコの西さんと大木さん(exダイナマイツ)が
決めた名前に戸惑う冨士夫と、
スタジオのリハに出向いたとき、
なんだか何をするでもなく
ぼぉっと眺めていたのを覚えている。

ゆえにマネージャーの自覚はまだ『0』である。
だから、クロコでも客に混じって
ちゃっかりと前例に座って愉しんでいるのだ。

今回のサミーの記載で、
ベースの人が一時的に
キャロルにいた人であった事を知った。
ジョニー大倉さんが失踪したときに、
代わりに入ったロングヘアのギタリストが
キズのベーシストなのだろうか?!

冨士夫からはメンバー全員が、
水道会社を経営していた
大木さんの社員だと聞いていたから、
″すごい会社だな″
なんて今の今まで思っていたのだ。

物事は通り過ぎただけでは解らないものだ。
『よもヤバ話』だって、
僕だけの片寄った記憶力だけでは
ただの面白フィクションになってしまう。

来年は冨士夫の10周忌である。

今から片寄った記憶に修正をかけて、
いろいろな人の話を取り入れて
新たに何かを仕上げたいと思ってもいるのだ。

……………………………………

話を最初の場面に戻そうと思う。

「大丈夫か?そろそろ戻ったほうがいいんじゃねぇか?!」

自分のことはさておき、
Hの調子を気遣うジョージに、

「なんで?大丈夫だよ」

すっかりと調子が良くなった
スロースターターのHが応える。

そのうち良い気分で、
肩を寄せ合って帰って行く
2人の後ろ姿を眺めながら、
やっぱりその共有した時間に流れゆく
これまでの景色が知りたいと思うのだった。

改札口でジョージと分かれると、
一緒にホームに向かうHが、
にゅにゅっと寄って来て、

「俺はジョージが好きなんだよ、むかしっからさ」

と言って嬉しそうに笑うのだ。

それは、実に素直な
子供のような笑顔だった。

……………………………………

さて、『藻の月』だが、
もろもろの理由で、ひと夏を休んでいる。

再開は夏の日差しが遠のき、
空が澄んで高くなり始めたころ、
中秋の名月になる。

対バンは奇しくも、
かつてHと一緒にバンドを
やっていたズズ率いる『路傍の石』。

あっという間の人生の中で、
月と季節が巡るように
僕らは好きな人たちと、
あと、どのくらい愉しめるのだろうか。

今は、そのひとつひとつを心に刻めればと思っている。

ぜひ皆様もお体に気をつけて
暑き残暑を乗り切ってください。

(2022/08/10)

2022/09/10 sat.満月
国立/地球屋

『藻の月 / 路傍の石』ツーマン

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