第21怪『桜吹雪』

第21怪『桜吹雪』

桜が咲いた。
青空にゆらりと揺れている。
と思ったら、
あっという間に散ってしまうのだ。

″さようなら、よい春をお迎えください″

とでも言うように、
春の嵐のような風が吹き、
時には意地悪な雨に打たれ、
つかの間の浮かれ心は終わるのである。

子供の頃は桜の開花に
さしたる意識もなかった。
至る所にある桜の木は
まるで国のシンボルのようなものなので、
それこそ花より団子なのであった。

それが、高校に行くような年頃になると、
酒を呑んで宴会をする口実になる。
公園の少し奥まった影桜の木の下で、
不良共が集まって酒と煙草に戯れた。

時が経ち、
リアルな社会に出るころには、
花見は宴会の道具となる。
新入社員は早くに公園に出向き
陣取り合戦を行うのだ。

その頃に引っ越した北鎌倉では、
裏山から降るような花吹雪が舞い、
そこに冨士夫も舞い込んで来たのだ。

まだ少女のような母親のMAKIが笑う前で、
2歳になる長女がクルクルと回り、
庭に舞い落ちる花びらを追いかけている。

それを眺めながらみんなして酒を呑んだ。
一瞬の風景をまるで永遠に刻むように笑い、
春の訪れに心が躍ったのであった。

それらの桜ばなしの流れを語るなら、
次のシーンは玉川上水の河川を流れ来る
散り桜の景色になるのだろう。

そこは冨士夫の家の裏手にあった。
 
上水沿いに約200本の桜が咲き誇り、
『さくらまつり』が開催されるのだが、
ここぞとばかりにさまざまな輩が
冨士夫を訪ねては花見に興じる。

すでに呑んではいけない
身体の冨士夫であったが、
あっという間に飲まれていた。

煮込みを食い、
日本酒を飲み、
上機嫌で昔話を語りだすと、
冨士夫好きの若い仲間が
身を乗り出して聞き入る。

まるで御伽噺(おとぎばなし)のように語られる
ロックな人生のつれづれ話は、
その時代に生きていた人にしか
感じることができない逸話に溢れていた。

得意げに語っている冨士夫の横で、
いつ終わるともないよもヤバ話を肴に、
こちらも酒を呑んでいた。

見上げると満開の桜の花群に
まるで吸い込まれそうになる自分がいる。

気が狂うほどに美しい景色ほど、
あっという間に
散りゆくものなのかも知れない。

桜の咲く季節になるといつもそう思うのだ。

一瞬の想いが深いほど、
終わるときは実にあっけないのである。

それを感じたのは母親との花見であった。

車椅子の姿が嫌だったのだろうか、
普段はなかなか散歩に行きたがらない母親を、
毎年、花見の季節だけは連れ出した。

外出用に買ってあげたサマーハットをかぶり、
春風の道をボート池へと向かう。

「乗り場まで行ったらソフトクリームを買おうか」

車椅子を押しながら母親に尋ねた。

「それもいいね」

いつになく上機嫌な母親を、
ボート池の桜をバックにシャッターを切る。

そんな一瞬が来年も続けばいいと思った。
永遠に桜が散らなければいいと思うのであった。

しかし、愉しい日々ほど
あっという間に散り行くものである。

それは、まるで花吹雪のように
想いの果てを吹き飛ばしてしまうのであった。

“どなたさまも良い春をお迎えください”

桜の花が散った後は
緑の新芽が吹き出していることに気がつく。

いよいよ緑の世界が始まるのだ。
いよいよ“風の時代”が始まるのである。

(2022/0403)

4/29 (fri.)国立・地球屋
open 19:00 start 19:30
charge ¥1500 + 1 drink
藻の月/LED

5/7 (sat.)「EARTHDOM Presents」
藻の月/ねたのよい/The Ding-A-Lings

OPEN 18:30 / START 19:00
前売 2300円 / 当日 2500円 (D別)
■詳細・予約
https://tiget.net/events/174013