第45怪『秋空に想う』

第45怪『秋空に想う』

仕事場からは空が見える。
流れいく雲の景色と、
ゆったりとした空間が気に入っている。

こどものころから空が好きで
ずっと見上げていた。
怠け者だったので
寝転んでばかりだったのかも知れない。

小さなころは仰向けになって
天井のシミで妄想をしていたら、
「大きなゴミがある」
とか言われて
お袋にホウキで掃かれた。

高校生ともなると、
座布団を折って枕にして
彼女と部屋でゴロゴロしながら
おせんべいを喰っていたら、

「たまには普通のデートがしたい」

とか言われて突然にフラれた。

思えば親父もゴロゴロ族だった。
新聞を畳に見開いて土下座読みをする。
横向きにひじ枕でテレビを見ながら
南京豆を喰っていた。

ひとのせいにしてはいけないが、
ゴロゴロ族は親父譲りなのだと思う。

「あんたのマネなんだよ」

と茶化す間もなく親父は逝ってしまった。
もう30年も前のことである。

その頃の僕は広告の仕事であたふたしていた。
会社員だったがデザインのバイトも拾い歩き、
昼夜を問わずバタバタしていたのだ。

それには理由があった。
突然に登場した冨士夫が、
『RIDE ON!』を引っ提げて、
渋谷、新宿、横浜と、
3ヶ月間の廻遊LIVEを行い、
バンドの合宿にも行ったりしたので、
何かと入り用だったのである。

同時進行で親父の病院にも通った。
目まぐるしく変わる景色のなかで、
絶望感を隠したかったのかも知れない。

しかし、その甲斐もなく、
秋も深まる季節に
ゴロゴロ親父は空に舞い上がっていったのだ。

経験をしたことがないから
定かではないのだが、
一説によると、
舞い上がってしばらく浮かんでいると、
「お迎えにまいりました」とか、
あるいは「迎えに来たよ」とか言って、
知り合いが現れるらしい。

それは、先に逝った親兄弟とは限らない。
友人や家族だったりするときもある。
まぁ、とにかく
知り合いであるらしいことは確かなのだ。

水先案内人ではないが、
その人の「行きましょう」というNaviのもと、
空に向かってもっと行くと
案内所みたいなところがあり、
入天登録をするのだという。

″ほんとかよ!?″

誰でもそこで呆れるのだろう。
僕も寝るときのラジコを聴いていたら、
ある番組でその話が流れてきたので、
思わず声を出しそうになった。

しかし、その本はイギリスに存在する。
不思議や神秘が大好きなお国柄だから、
マニアックな科学者?たちもいるのだ。
死者を呼び出すことに成功し、
数十人にインタビューしているのである。
(どうやって呼び出すのかは忘れた)

死者たちに共通しているのは、
肉体は滅びても
肉体に宿っていた意識はあるということだ。
新しい世界では悩みがなく
とてもハイな状態らしい。

なんか、新手の信仰宗教のように
なってきたのでここらでやめるが、
けっこう面白そうな内容だった。
(本のタイトルを忘れてしまったので、探しようがないのだが、″これじゃん?″って知っている人がいたら教えてください)

そもそも僕らは死を前提に生きている。
死ぬまでに何をしようか、とか、
死ぬまでに名を残そう、とか、
なんだかんだで死というものが拭いきれない。

つまり、限定された時間に対する思考は、
マイナスをプラスに置き換える
レトリックに溢れているのである。

地球上の生物としては、
人間は少しばかり前頭葉が
発達し過ぎたのではないだろうか。
だというのに、
未来をAIに託してまで、
いったい僕らは
何処に行こうとしているのだろう?

過去の歴史にゆがんだ争いをやめ、
金をチョロまかす政治をやめ、
老若男女が自分の出来ることを
差し出す世の中になれば良いと思う。

なんて、まぁ、僕自身が
そう思える歳になったって
ことなのかも知れないな。

気がつくと空が暮れかかっていた。
たくさんの想いが浮遊する秋空に
愛おしい人たちの影が重なる。

代わりに出てくる黄色い月は
親父が大好きだった
ウイスキーカップのようだな。

今夜は意味もなく、そう思うのであった。

(2023/11/19)

PS/

11月23日(木)  国立 地球屋

フーテン族

藻の月

丸山康太&谷山竜志 ( 踊ってばかりの国 ),ryo ( mirror moves )
OPEN 19:00 / START 19:30

CHARGE ¥1,500+1DRINK

12/28(木)ShowBoat
藻の月
DELTA ECHO
DISAGREE
open18:00 start19:00
2000yen/2500yen